同僚の司書の女性が休憩に入っている間、ひとりで業務をこなしていると、受付カウンターから見て右側にある患者図書室からパジャマ姿の女の子がやってきた。

 長い髪を緩い三つ編みにした彼女は、小学五年生の梨乃(りの)ちゃんだ。


「イブちゃん、〝アクレギア物語〟の三巻ないのー?」


 不満げに口を尖らせているのは、どうやらお目当ての本がなかったせいらしい。

 私、浜菜(はまな) 伊吹(いぶき)のことを、ここに来る子供たちは〝イブちゃん〟と呼ぶ。こうして慕ってくれていることを幸せに思いつつ、微笑んで答える。


「昨日、桃真(とうま)くんが借りていったよ」
「えー! 次はあたしの番だって言ったのに」


 さらに口をタコのようにする梨乃ちゃんは、あどけなくて可愛い。
 
〝アクレギア物語シリーズ〟は、今小学生に人気のファンタジー小説だ。入院している子たちにも読ませてあげたくて発注したのだが、実際に読んでもらえているとすごく嬉しい。

 ところが、梨乃ちゃんが頬を膨らませるのには、また別の理由もあるようだ。


「最近、とーまに会えないんだよね。あたしが検査だったり、向こうがリハビリだったりで、タイミング合わなくてさ」