失声症を患ってしばらくしてから、伊吹は手話を習い始めた。今では図書室に来る聴覚障害を持つ子供たちに、自ら手話で絵本の読み聞かせをするくらいになっている。

 病気がきっかけで積極的になった彼女はやはり芯が強いと感じるし、生き生きとした姿はとても眩しい。どれだけ時が経っても、日々妻に恋をしている。

 俺は〝気にするな〟と首を横に振り、チャペルの出入口に向かってゆっくり歩きながら話が終わるのを待つ。

 すると、黒留袖を纏って丁寧に化粧もしたトキさんが俺に近づいてきた。この日を待ちに待っていた彼女は、普段より数倍動きが軽やかだ。


「なあ先生。伊吹ってば、私が花嫁姿を見たら満足して死んじまうかもって心配しているんだよ。まだまだやり残してることはたくさんあるってのにねぇ」


 失礼だ、とでも言いたげな口ぶりだが、さっきから顔の締まりがなく、嬉しくて仕方ないのが見て取れる。

 高血圧で入院していた彼女はだいぶ数値も改善し、通院に切り替わった。この日のために少しでもよくなりたい、という気持ちがいい影響を与えたのかもしれない。