「金曜の夜、伊吹は過呼吸になったんだ。原因はいろいろな不安が重なったからだったのか」


 少しずつ謎が解けていくのを感じていると、栄が難しい顔をして顎に手を当てる。「過呼吸、声が出ない……」とぶつぶつ呟いたあと、なにかを思い当たったようにこちらに目線を向ける。


「まさか、失声症?」


 半信半疑な様子で彼の口から病名が出された瞬間、ぐちゃぐちゃになっていた糸がぴんと伸ばされたような感覚を覚えた。

 失声症は範囲外でそこまで考え至らなかったが、どういうものかは知っている。よくよく思い返せば、あの晩伊吹の声はかすかな囁きしか聞いていない。

 もしも櫂や北澤さんに傷つけられて自信を失くし、さらに声も出せなくなっているとしたら……。俺に黙って出ていったのも納得できる。

 昨日、大地くんが『話せるときさえ来たら』と言ったのは、文字通りの意味だったのかもしれない。

 顔を上げた俺は栄に「ありがとう」と短く告げ、急いで更衣室へ向かった。素早く白衣を脱ぎ、荷物を持って病院を飛び出す。罪悪感と焦燥を抱いて。

 ……伊吹、すまない。なによりも大切なのに、心の声に気づいてやれなかった。

 今すぐ君を取り戻しに行くから、どうかもう一度、俺にすべてを委ねて──。