いつかの初秋、太陽が沈んだ直後の、優しいオレンジ色が残る夕暮れ時。

 これから染まっていく夜空のような紺色のスクラブに、星明かりのごとく映える白衣を羽織った彼に、私は伝えた。口にはとても出せないことを、手紙にしたためて。

 あれから何年経っただろうか。

 学生だった私は大人に、駆け出しだった彼は、たくさんの人の命を救う素晴らしいドクターになった。

 そして、私たちの関係も変わった。

 あの頃は病室のベッドにひとりきりだったのに、今はふたり一緒に寝室の広いベッドの上にいる。私の心拍数を測ったら、間違いなく異常だと言われるだろう。

 白衣もスクラブも脱いだ彼は、情熱的な視線で私の心も身体も溶かしていく。今なら、手紙に書いたものと同じ言葉を、声にして伝えられそうな気がする。


〝先生に、私の身体をあげます〟


 言葉は同じでも、意味合いは当時とはまったく違う。勇気を振り絞って、震える声でそれを紡ぐと、彼は普段は絶対に見せない、慈しむような甘い笑みを浮かべた。

 唇が近づき、触れ合う瞬間に彼は愛を囁く。私は瞼を伏せ、すべてを受け入れる。

〝夫婦〟である私たちが〝恋人〟になるのは、今からでもきっと遅くはない──。