そもそも。

ヒルダは奴隷として生きる事が嫌なわけではない。

自分を不幸だとは思えない。

五体満足で、頭は正常で、一応衣食住は揃っているし、自己抑制をするのには自信があり、娯楽は身のためにならない事を、知っている。

そして、自分以外の何かにすがるなどという情けない事を嫌悪している。

どんな人間も、全ては骨と筋肉の血塗れの生き物だ。

血塗れの身体を、皮膚だけで覆い隠せばよいものを、ゴテゴテと虚飾で覆い、情けなくも見苦しいナルシズムと欲と偽善を秘めている。

── ヒルダには、他人がそう見える。

まったくもってつまらない欲に心が引きずり回され、嘘ばかり吐く、「可哀想」な他人。

それは、徒樹も、母だった愚かな女も、能天気な少年も。

「全て」だ。


ただ、子供は別だ。

主に赤子。

あれほど、純粋の極みて言える存在を、ヒルダは知らない。

その純粋な存在が、年を重ねるごとに、ナルシズムと欲と偽善で汚れていくのだ。

それは、良くない事だ。

悲しく、いたたまれない。

そんなものを目にする事が、奴隷よりマシだとは思えない。

汚れていく「純粋」を見ることより、奴隷に堕ち続ける方がずっと良いのだ、ヒルダにとっては。