行商人の一行は西国や九州の特産品を政子の前に並べ始めた。いつもの政子なら率先して家人への分配を決めるのだが今日はそれどころではない。とにかく今回は大八郎の恋話が聞きたい。
「水流、品物の件は義時に任せる。大八郎がその狸だか狐に化かされた時の話を聞かせてはくれまいか。」
 政子は自分が頼朝と出会った頃のことを思い出していた。頼朝とすったもんだを繰り返して一緒になったことは東国(とうごく)中の家人が知るところである。

 水流は大八郎と鶴富の馴れ初めを話し始めた。
「それがですね、尼御台。さすが清盛様の血を引いた平家の残党。人肌蜘蛛の術というやつですよ。」
 水流の顔はニヤついている。
「その人肌蜘蛛の術とは何だ。色蜘蛛の術とは違うのか。」
 人肌蜘蛛の術とは政子が初めて聞く言葉だった。
「さすがは尼御台、もの知りで。色蜘蛛の術というのは人肌蜘蛛の術の一つなんです。色蜘蛛は主に若い女が男に対して使う術ですが、婆様が爺様に使う場合やその逆も人肌蜘蛛。この場合は色気なんぞございません。うまい飯を作ったり身の回りの世話をしたり野良仕事を引き受けたり、そういうことも含まれます。」
「それで大八郎は術に落ちたのか。お前が笑っているから私も安心していられるがな。」
「詳しく話すと長くなりますが。」
「構わぬ、聞かせてくれぬか。」