長谷川くんは何も言わない
私もそれ以上は何も言わない
ただ、待つ。
園川くんの時と同じように
「…西村華乃は変わってるよ」
しばらくの沈黙の後
落ち着いた声でそう言った
「よく言われる」
「…分からなかったんだよ。どうすればいいのか
あの時ピアノのコンテストが近づいてた。
2ヶ月後に陸上の大会が、2週間後にピアノのコンテストが
ずっと悩んではいたんだ。いつかはどっちかを取らなきゃならない
もしそうなった時、俺はどっちかを捨てる事ができるのか…分からなかったんだよ」
捨てる…?
「…でもあの時手はつけなかった」
人間は条件反射で、相当強く意識していないと転けそうになった時、自然と手が出るはず
でも長谷川くんはそれがなかった
「…ピアノがうまく弾けなくて焦ってた。集中できなかった。
それでハードルに引っかかった。
無意識だったんだよ、手をつかなかったのは。
無意識に手を守ったんだ。
でも…だからと言って、陸上を捨ててピアノをとるって決断はできなかった。
俺はずるいんだよ。どっちも捨てたくない。どっちもやりたい。
だから怪我なんかして…それを理由に陸上をやめてピアノに集中しようとした
でもできなかった
今度はピアノに集中できなかった。
どちらかに集中しようとしてももう片方のことが気になって集中できない…ただのグズ」
…そうだったんだ
「真一が陸上を頑張ってるって思えば思うほど、ピアノに手がつかなくなって
それなのになんかあいつ部活やめてるし…
あいつは俺よりはるかに才能があった
なのになんで…実力は伸びるどころか衰えて
大会は予選敗退
あいつと口論になった時
『守れたはずの身体を守らなかった』って言われて…ピアノをとったのが間違いだったのかななんて」
…?
「どちらかを取るなんてできなかった。そうするには俺が弱過ぎたんだよ。
だから…真一に聞かれた時も指を守った理由が言えなかった。どちらも疎かにしてるくせにどちらもやりたいなんて…言えないから」


