結局、言葉通りに10分で髪を切り終わり、ついでだからと彼の車で一緒にマンションに帰った。
成すがままに開かれた助手席に乗り込み、静かに閉められた車内に漂う微かな香りに不安が過ぎる。
思わず後部座席を覗き込むと彼は声を掛けてきた。
「寒い?」
「いえ……」
「直ぐ温まると思うけど、これ使って」
そう言って脱いだジャケットを自分の膝の上に掛け、その表情を隠すようにエンジンを掛けてハンドルを握り、静かに車を走らせながら再び口を開く。
「ごめん、ポケットから煙草取って貰っていい?」
「あ、はい……」
何処にも逃げ道の無い狭い空間は彼に取って苦痛に見え、それは態度にも示されて此方まで伝わるほど居心地が無さそうだった。
多分、彼は一部の女性から何か大きな揉め事に巻き込まれ、引き摺って懸念したまま身構えて自分の様子を伺っている。
余り話し掛けないようにポケットを探り当て、手にした物を渡そうとした瞬間に着信音が鳴り響く。
聞いた事の無い無機質な単音が車内に流れ、互いの手が伸び無い様子から一気に不穏な空気が包み込む。
赤信号で速度を落とした車が横断歩道を前に停まり、忍び寄る沈黙の中でライターの音が耳に落ちる。
少し開いた運転席側の窓から冷たい風が吹き抜け、唇を嚙んだ表情の向こう側で歩行者信号が点滅していた。
「ごめん……コンビニ寄っていい?」



