職場を出て店の前で立ち止まり、何故か凜太郎の言葉が頭に過ぎって躊躇う。
まだ開店もしてない店に客でもない自分が足を踏み入れ、髪を切って貰う所を誰かに目撃されたら立ち待ち彼が針の筵になるのが目に見えている。
それは初めて会った時の態度からも安易に想像が出来る事だった。
縒れたロールスクリーンの隙間から僅かに見えるマネキンを立てて練習する光景。
彼は鏡とマネキンに忙しなく視線を行き来させ、真剣な面持ちで鋏と櫛を扱っている。
店内に暖房が入ってる筈なのに無地のシャツの上にセーターを着込み、更にジャケットを羽織って腕捲りをして作業に没頭していた。
暑いのか寒いのか区別の出来ない姿に自然と笑みが零れ、やはり開店してから訪れようと思い直して踵を返す。
「手塚さん?」
その声に振り向く間に再び声が掛かる。
「お疲れ様、まだ仕事中?」
彼の問い掛けに答えを迷い、どう断ろうかと言葉を探していた。
すると、またあの表情をして彼は言う。
「もしかして、遠慮してる?」
「いえ……そういう訳では……ない、です……けど……」
煮え切らない自分に彼は同じ面持ちをし、暫く考え込んだ後で優しく語り掛けて来る。
「家の事なら気にしなくて良いよ
店も誰かが見に来たりとかも無いし、カットなら10分も有れば済むから」
「……分かりました……じゃぁ、お言葉に甘えます……」



