声をかけていいか悩んでいると
 低い声が私の耳に入ってきた。


「いいの? 
 本当に俺の仮の彼女なんかになって」


「え?」


「好きなんじゃないの? 
 トイくんのこと」


 ん? 
 トイプーのことが……好き?


 え? え? 
 なぜ、なぜそうなっちゃうの?


 私、トイプーのことが好きなんて
 思ったことすらないのに!!!!


 なんて答えていいか悩んでいると
 低いトーンの声が。


「だってさっき渡してたじゃん。
 手作りのキャラメル」


「あれは、ついでに作っただけで」


「ついでって?」


「十環先輩
 ちょっと待っていてください」


 私は自分の部屋に行くと
 昨日渡せなかった紙袋を手に取り
 十環先輩のいるダイニングに戻ってきた。


 そして、バクバクした心臓を
 落ち着かせるように深呼吸すると
 紙袋を先輩の前に差し出した。


「これって?」


「キャラメル……
 十環先輩に食べて欲しくて作ったんです」


「俺?」


「六花が言ってたから。
 十環先輩は甘いものが苦手だけど
 キャラメルなら食べられるって。

 これは……え……と
 お礼です。お礼。
 六花のことで相談にのってくれた
 お礼をしたいって思って。

 でも……
 誰からもバレンタインは
 受け取らないって聞いたので……
 渡したら迷惑かなって思ったら
 渡せなくて」


 爆走する心臓が止められない。


 本当は違うから。

 お礼なんかじゃなくて
 伝えようと思ったから。

 『十環先輩が、好きです』って。


 でも、好きな子以外から
 もらいたくないって言っていたから
 渡す勇気なんて出なかった。


「桃ちゃん
 それならこのキャラメルを
 俺に食べさせて」


「え?」


「早く」


 丸い箱のふたを開け
 キャラメルを一つ取り出すと
 包み紙を開いた。

 そして、十環先輩の口の中に。



 大丈夫だったかな?
 
 甘すぎたり
 苦すぎたりしないかな?

 
 顔色を伺うように見つめていると
 とびきりの笑顔を見せた十環先輩。


「すっごくおいしい。
 ありがとう、桃ちゃん」


「良かった。
 キャラメルなんて初めて作ったので
 十環先輩の好みの味か不安だったし」


「これで、契約成立ね」


「え? 契約?」


「うん。
 俺が卒業するまで
 仮の彼女、よろしくね」


 こうして私たちは
 あと半月だけ仮のカップルになった。


 そして私の
 幸せで切ない日々が
 スタートした瞬間でもあった。