「やべ。
 そろそろ、結愛さんの親父さんの縄が
 ほどけそうじゃん。
 警察呼ばれる前に
 桃連れて逃げなきゃな。

 十環、今から思いっきり俺を殴れ!」


「え?」


「俺が無傷のまま逃げたら
 桃が作り上げた
 『娘を守ってくれたヒーロー像』が
 壊れちゃうだろ」


「……でも」


「十環が今、この場で俺を殴らなかったら
 俺はもう一生
 お前と会わないからな!」


 そこまで言われても
 俺の腕は全く動こうとしない。


 そんな俺の耳もとで
 龍牙さんはとびきり優しい声を発した。


「かわいい桃と、十環のためなら
 お前に殴られるのも悪くないって
 思ってるんだよ。俺は。
 究極のドMだな。

 さ、十環
 俺らが逃げられなくなるから、早く殴れ」


 龍牙さん、
 なんだよ、それ。


 桃ちゃんをこんなに傷つけた俺と
 まだ仲良くしてくれようと
 思ってくれるなんて。

 
 龍牙さんと出会った頃から
 ずっと尊敬して
 背中を追いかけてきたけど。

 やっぱり、敵わない。龍牙さんには。


「龍牙さん、すいません」


 俺はそうつぶやくと、
 龍牙さんの腕からするりと抜けだし
 思いっきり、龍牙さんの頬を殴った。


 龍牙さんは
 逃げるような演技をしながら
 倒れたままの桃ちゃんを抱きかかえ
 もう一人の黒づくめの男と一緒に
 公園を後にした。