「おめでとう。」


松本さんがキャプテンに手を差し出し、キャプテンはそれを握り返す。


「ありがとう。」


「お前たちに負けたんなら、本望とは言わないが仕方がない。」


「松本・・・。」


向き合う2人に


「兄さん・・・。」


相変わらず硬い表情のままの松本くんが近付く。


「なんで打ったお前がベソかきそうな顔してるんだ、泣きたいのはこっちの方だ。それにグラウンドで兄貴呼ばわりはするなって、何度も言ったはずだぞ。」


「ごめん・・・。」


と言うと、ついに松本くんの目からは涙が。


「最後のスライダ-、狙ってたのか。」


「癖が。」


「えっ?」


「前の回にスライダ-投げた時に、癖がわかったんだ。それで・・・。」


「なるほど・・・甲子園での秘密兵器のつもりで練習したんだが、たった1球で見破られてたんじゃ、とても使えなかったな。」


松本さんは思わず苦笑いを浮かべたけど、すぐに表情を引き締めた。


「とにかく頑張って来い。そして、俺たちの代わりに、神奈川に深紅の大優勝旗を持って帰って来てくれ。」


「ああ、それを目指して、精一杯やって来る。」


キャプテンが答えると、フッと笑顔を見せて、松本さんは離れて行く。


「いつまで泣いてるんだ。さ、行くぞ。」


「はい。」


キャプテンに促されて、松本くんは応援席の方へ駆け出して行く。


2人がスタンド前に着くと、一段と大きな拍手と声援が巻き起こる。


「ありがとうございました!」


それに応えるべく、キャプテンの号令一下、選手たちが一礼する。そんな仲間達に、スタンドから懸命に手を振って、勝利を祝福していた久保くんが、ふと横を見ると、隣にいたはずの先輩の姿はいつの間にか消えていた。


そんな光景を見ながら


「勝ったんですね、私たち・・・。」


その言葉を口にした私の目にも涙がジワリと滲んで来る。


「松本哲は少なくても、俺がこの目で見た高校球児の中では、最高のピッチャ-だ。口ではいろいろ言ったが、正直難攻不落だと思っていた。」


「監督・・・。」


「それでも奴もやっぱり人間であり、高校生だった。あの土壇場の場面で弟を打席に迎えて、平常心を失った。そして勝ちに慣れていたはずの御崎ナインも5季連続甲子園出場という偉業を目前にして、やはり平常心を失った。それに対して、こちらは負けてもともと、ある意味失うものはなかった。最後はその差が出た気がする。」


「・・・。」


「木本、勝負というものは非情だな。」


「はい。」


頷いた私が、監督を振り仰ぐと、その目はじっとスタンドに向かって喜びを爆発させている選手たちに向けられていた。