「佐藤、バックホ-ムだ!」


キャプテンからの指示で


「くそぅ、舐めやがって。」


自分の肩には自信がある佐藤くんは、体勢を立て直して、ホームに送球するけど、やはり彼本来の強い球は投げられない。それを見たキャプテンがとっさの判断で中継に入って、改めてバックホ-ム。ボ-ルのスピ-ドは増したけど、カットに入った分のタイムロスも生じたわけで、タイミングは本当に微妙になった。


待っていては間に合わないと、これまた判断した村井さんが一歩前に出て、送球を受け取るとそのまま手を伸ばして、ピッチャ-にも関わらず、ヘッドスライデイングで滑り込んで来た矢代投手にタッチに行く。


「村井さん!」


思わず声が出る。そのくらいベンチから見ていると、際どいタイミングだった。アウト?セーフ?私たちは息を呑んで、主審のジャッジを待った。


「アウト!スリ-アウトチェンジ、ゲームセット!」


アウトのゼスチャ-と共に主審のコールが球場に響いた。


「やった!」


マウンドからキャッチャ-のバックアップに、バックネット前まで走っていた白鳥くんが、雄たけびを上げる。それに呼応して徹フリ-クたちの歓声が、更に明協応援席から、ベンチから声が上がる。喜びに沸く私たちだったけど、ふと気付くと矢代投手が立ち上がって来ない。慌てて、相模高の選手が駆け寄り、彼を助け起こす。そして立ち上がった彼を見た途端


「えっ?」


私は息を呑んだ。矢代投手の目からは大粒の涙が。そして次の瞬間、彼は大声で泣き始めた、号泣と言ってよかった。他の選手がなだめるけど、彼は泣き止まない。結局、抱えられるようにベンチに向かった矢代投手を抜きに、試合終了の挨拶が行なわれた。


そして、両校ナインはそれぞれの応援席に挨拶に走る。だけど白鳥くんだけが、矢代投手が姿を消した相手ベンチの方をじっと見つめたまま動かない。それに気が付いた松本くんが引き返して来て


「行こう。」


と声を掛ける。その顔を一瞬見た白鳥くんは


「ああ。」


と答えると並んで走り出す。その様子をずっとベンチで見ていた私は


「ビックリしました。試合中、あれほどポーカ-フェイスを貫いていた矢代投手が、最後にあんなに感情を露にするなんて・・・。」


とポツンと呟いた。


「悔しかったんだろう。矢代剛の今年の夏は、これで終わったが、次に彼と対戦する時は、一段と強敵となって、我々の前に現れるだろう。」


監督がそう言うと


「はい。」


私は頷いた。


そして私たちの勝利はすぐに、学校に戻って明日に備えていた御崎高ナインに届いた。


「決まったか。」


マネ-ジャ-の五十嵐恵美(いがらしえみ)さんから知らせを聞いた松本哲さんは、一言言うと


「高橋、ラストだ!」


全力で高橋捕手にボールを投げ込み


「恵美、明日は必ず勝つからな。」


横の五十嵐さんに言うと、ブルペンを離れた。