一ノ瀬くんが廊下に現れると、
女の子たちの高い歓声が響く。


アーモンド形の綺麗な目を鋭く光らせて
まっすぐに前を向いて歩く一ノ瀬くんに

ドキっとする。


背の高い一ノ瀬くんの
その凛とした姿に、瞬時にその場が華やぐ。


「一ノ瀬くんっ」


目の前を通り過ぎて行く
一ノ瀬くんに声をかけたけれど、

一ノ瀬くんが
私を見ることはなかった。


多分、
私に気づいていたとは、思う。


でも、ぱっと目をそらして
行ってしまった一ノ瀬くんに

それ以上、声をかけることはできなかった。


そんなに仲がよかったわけでもないし、
これから部活で忙しいんだもん、

仕方ないか!

私と話してる時間なんて
あるはずがないよね。


そう思うのに、 

無言で去っていく
一ノ瀬くんのうしろ姿に  
ツキンと小さな痛みが走った。


元通りの生活に戻ったはずなのに、
なにかが違う。

時折、ふいに切なくて
苦しくてたまらなくなる。

本当のことを言えば、
石段から落ちたあの日のことも

まだ思い出せずにいた。