「それは、記憶喪失って、ことですか?」


「そうだよ」


唇をかんで
爪がくいこむほどに強く拳を握り締めた。


「天野、…ごめんな。……俺の、せいだ」


無意識にこぼれた言葉に
天野が返事をすることはなった。


代わりに返事をしたのは、
鷹島だった。


「そうだよな、お前のせいだよ、一ノ瀬。

あの学校で一番目立ってるお前が、
羽衣にちょっかいだしたら、

こうなることぐらいわかるだろ。

守ることもできないくせに、
気まぐれに近づいてんじゃねえぞ」


怒りに体を震わせながら
低く絞り出すようにつぶやいた鷹島に

言い返すことなんてできなかった。


鷹島の言う通りだ。


天野が土曜に転落したことも知らずに
大会でMVPを取ることだけを考えていた。

MVPをとったら天野に告白しよう。

そのことしか、頭になかった。


鷹島が俺を睨みつけながら
低い声でぽつりぽつりと絞り出す。


「活躍すればチヤホヤされるけど、

ミスすれば自分だけじゃなく、
自分の家族や恋人にまで
罵詈雑言を遠慮なく浴びせられる、

そんな国でずっとサッカーやってたんだよ。

向こうのユースに入ってからは、
そういう表面的な評価に左右される  
集団の怖さを肌で感じた。

お前はそのリスクも考えないで、
羽衣に近づいたんだよな?

あれだけ、女に騒がれてたら、

あいつらが集団になったときに
羽衣になにをするか、

想像できたはずだよな?」


怒りに声を震わせる鷹島の言葉を
背中で受けながら、

なにも答えることがができなかった。


鷹島が言っていることは、
なにも間違ってない。


天野がこんなことになったのは、
俺のせいだ。


「すみません、でした」


頭を下げて謝ったところで、
天野がよくなるわけではない。


けれど、

無言のまま眠る天野に
大きく動揺して、

混乱した頭は、
なにをどう伝えればいいのか、
わからない。



「天野、ごめんな」


震える声でなんとか絞り出したその言葉に、
天野が反応することはなかった。