もう胃が限界だと悲鳴をあげ始めた。いくらなんでも、昼間からこんなにも入るわけがない。

昨日まで、水一滴入らなかった時間なのに。

夜ご飯はいらないなと思いながら空に向かって息を吐くと、デザートが運ばれてきた。

いちごとババロアのスープ仕立て。

ババロアの上に、可愛らしく苺が座っており、その上には粉糖が雪のごとく降り積もっている。

そしてスープ状になった深い赤色の海が、ババロアの島の周りを囲んでいた。

こんなの反則だ。

胃が消化を急ぐ。食べたい、と。欲というものが私の元に帰ってきていた。

予想通り、いやそれ以上のものだった。

舌触りの良い滑らかなババロアは、すぐに食道へ流れ、口内から消えてしまった。

苺の酸味と甘みが忘れられず、また一口すくって食べる。その繰り返し。

こんなもの、止まるわけが無い。

だが止まった。全て私に吸収されたから。

見計らっていたのか、ジャストタイミングでラストのジャスミンティーが届く。

最初の白ワインのせいで酔いが回ったのか、体はなんだかポカポカとしていた。

あれほど少量だったのに、こんなにもお酒に弱くなってしまったのかと思いながら、ジャスミンティーで胃の食べ物を押し込む。

温かく、香りの良いそれは、まさに終わりにぴったりだった。

「ふうー!やっばい、お腹いっぱい!」

息をするのも億劫になるほど、お腹が膨れ上がっている。そろそろ爆発しそうなくらいだ。

私はソファにもたれかかっていた体を起こし、ずっと待っていてくれたナガトに向かって言う。

「……ありがとね。本当に。こんな見ず知らずの人に付き合ってもらって…。お礼と言ってはなんだけど…ナガトの探し物を探すの、手伝わせて欲しい。私の最期の時間、それに費やしたい」

そう言うと、ナガトは「あー…」と少し困った表情で、頭をかいた。

「今更だけど…ナガトは、何を探してるの?」

ナガトは私から目線を外し、床下や壁、天井など一頻(ひとしき)り見回して、悩んでいるようだった。

そんなに私に教えたくないような探し物なんだろうか。どこかに変態なグッズでも落としてきたとか。

いや、ナガトに限ってそんなことは無いはずだ。もし本当にそうだとしても、それくらいなら堂々と打ち明けてきそうな気がする。

「……詳しくは言えない…けど、それに繋がる、ある人を探している…かな」

大分濁した言い方だった。だがナガトが言いたくないなら聞かなくてもいい。

それに従うまで。

「わかった。じゃあ、チェーンを買ってからでもいい?」

「ああ。ありがとう」

ポカポカとした気分のまま、私は会計を済ます。

大体予想通りの値段で、お札の上にハートのクイーンを置いた。

「えっと、お客様、こちらは……」

「貰ってください。捨ててもらっても構わないので」

戸惑った表情の店員にそのまま押し付けて、店を後にする。

外に出ると、店に入る前と空気が違う気がした。

私は大きく手を広げ、深呼吸をする。

「どうした?」

「ううん。ここの空気も悪くなかったんだなと思って。空気のご馳走を食べてた!」

「なんだそれ」

ナガトは鼻で笑った。私も、我ながら馬鹿なことをしていると思った。

でも、最期だからこそ、空気も取り込んでおきたかった。

風も、匂いも、景色も、感情も。

死んだはずの機能が蘇りつつあるのなら、思いっきり自分の中に残しておこうと。

残り少ない時間だけれど、無駄と思わず手に入れて、そして一瞬で消そう。

大きく膨れたシャボン玉が、パチンと割れるように。




そうして私たちは、また歩き出した。