俺じゃない誰か、って

それじゃあまるで、



「自分一人だけだったら、よかったんですか……?」



そう言ってるように聞こえちゃうよ。




「俺だって傷つくの嫌ですよ! だから逃げちゃうんです。逃げて助かるならいっか、って。こんな弱腰だから“負け犬”って呼ばれるんですよね。
西校1年の新総長は激弱だとか、総長を殺れれば双雷も終わるだとか……最悪なうわさばっか」




それが“負け犬”のうわさ。


わたしにはわからない世界の話。



でもね。

わたしにとってのヒーローの話ならできるよ。




「やっぱりすごいですよ。すごく、優しいです」




ああどうしよう。語彙力が追いつかない。


優しいなんて、当たり障りない言葉。

薄っぺらい表し方。


違うの。
わたしが言いたいのは、それだけじゃなくて。



自分も相手も傷つけないようにしてるところとか


そういう弱さは優しさなんじゃないかってこととか


逃げずに守るのは当たり前のことじゃないよってこととか



何から、どこから、どうやって
伝えたらいいのか

こんがらがって、うまく届けられない。




「優しいのはあなたのほう……って『あなた』ってよそよそしいですよね。名前を聞いてもいいですか?」


「あ、は、はい! 津上夕日っていいます」


「津上さん」




名前、覚えてくれた。

呼んでくれた。


それだけのことなのに特別な感じがする。