負け犬の傷に、キス




「名前……」




望空ちゃんも呟いた。


そこでハッとする。

お、俺、口に出してた!?




「さ、さすがに名前はやりすぎだよな!? それにやっぱり富樫がいいよ、うん! ご両親と同じ苗字のほうが……!!」


「……ううん」




もう一度か弱く、ううん、とかぶりを振る。




「嬉色がいい」


「え……?」


「新しいあたしになれるから。再出発できそう」


「で、でも……いいの? ほんとに?」


「はい……。富樫の苗字も大切だけど、両親は『望空』っていうすてきな名前を残してくれましたから。

――だから、あたし、嬉色望空になりたい」




しだいに雨が弱まってきた。

薄暗かったリビングに、白と黄色が混ざったような淡い光が差し込む。




「まだ怖いけど……守りたいんです。せめてみんなから拒まれるまで、あたしにできることはやらなくちゃ、ですよね」




さっきの本音も、後悔も、なくなってはいない。

望空ちゃんには生きなくちゃいけない理由があるだけ。


それでも望空ちゃんが微笑んでくれたから。



今だけの気休めでも、大丈夫。

“いつか”は、きっと、くる。


そう信じていてもいいよな?




「もう自分を傷つけちゃだめだよ」




黒髪を優しく撫でる。


こぼれ落ちた涙を拭うことなく、望空ちゃんはそうっと瞼を伏せた。