「もう一度言うわ」
ナイフの先端が夕日ちゃんの首に近づいた。
「この子を返してほしければ、“薬”から手を引きなさい。さもなくば……この子の個人情報をバラまいて、家族もろとも社会的に抹殺するわ」
「物理的には殺さねぇんだな」
「こ、殺さないわよ。……ただ、少し、傷つけるだけ」
睨むユキに、女性はどもってしまう。
女性からは一切殺意を感じない。
ナイフを持っているのに。
大切な人を傷つけようとしてるのに。
恐怖心のほうが手に取るように伝わってくる。
まるであの人も傷を恐れているみたいだ。
「あなたは……何に苦しんでるんですか?」
口からぽろっとこぼれていた。
虚を衝かれたようにメガネの女性は息をのむ。
「く、苦しんでなんか……」
「でも、苦しそうですよ……?」
“薬”を使ってるからそう思うのかな。
だけどあの人は“薬”に依存はしていない。
標的みたく狂ってないし、思考もちゃんと働いてるっぽい。
それならどうして……。
売人だから?
「“薬”を売るのがつらいんですか?」
「つらい? まさか。とても楽しいわよ。あなたもどう? やってみない?」
「えんりょしておきます」
売人として過ごすのが楽しいならなおさら、苦しそうに見える理由がわからない。
ヒールの高い靴だけ置かれた玄関。
一人暮らしにしては物が多く、広い部屋。
女性の薬指に輝く指輪。
違和感ばかりが浮き彫りになっていく。



