負け犬の傷に、キス



彼のほうも覚えてたんだ。


この人が関係することは印象が濃いんだよ。忘れろというほうが難しい。


さっきだってワンピースを着て警察を引きつけてくれた。

着替える余裕があったことがすごい。


いちいち驚かされる。




「何。誰なの。ポニーテール? 竹刀のほう?」


「竹刀のほう!」




薫はテキトーなあいづちを打ち、じろじろと観察をする。




「俺ぁ、あんたのこと知ってるぜ?」




靴先から上がっていった視線が、凛々しい灰色の瞳とかち合った。

長髪男子は挑発まがいな笑みを浮かべる。




「“セレブ犬”の雅薫、だろ?」


「そうだけど」




薫も笑みを返す。

なんてやる気のない愛想笑い。




「薫くんって呼ぼうか。それとも……薫さんのほうがいいか?」


「……自分は名乗らないのに、人の呼び方にはこだわるんだ」




愛想笑いがさらにうすっぺらくなった。


初対面でこれほどギスギスすることってある!?

日が沈んで暗くなってきたのも相まって、2人の空気感が黒くなってる気がしないでもない。




「ああ、こだわりが強くてな」


「あっそう。こだわりだけはちゃっかりあるんだね」


「ちょ、薫……!」




それ「こだわり以外はろくなもんない」って見下してるも同然だから!

笑って言うことじゃないから!


2人とも穏便にいきませんか……?