片想いに片想い

「ありがとう、先輩」
 反則だ、その表情。
「おかげで元気出ました」
 そんな笑顔を見せられたら、余計に惚れてしまうではないか。


 タカアキが報われぬ片想いをしていると知ったのは、去年の年末の事だった。
 その時私は、電車を待っているタカを見つけ、声を掛けようか逡巡していた。
 いざ、と一歩踏み出した時、タカは誰かを見つけて駆け寄った。相手は私と違い、華奢で真白な花の如く可憐な娘だった。
 何やら数分話した後、二人は笑顔で別れた。彼女の後ろ姿を振り返るタカの横顔は哀切さに満ちており、恋しく想っている事は一目瞭然だった。
 その彼女は、先の披露宴で純白のドレスを纏い、幸せそうにマサトに寄り添っていた。タカは友人代表のスピーチでジョークを交えつつマサトを褒めちぎり、二人の門出に幸あれと祝福していた。
 笑顔のタカが胸中で流す涙はいかばかりか。想像するだけでこちらが泣けた。
 翌日から、タカはあり得ないほどの仕事を引き受けた。マサトが帰ってくるまで頑張るさ、と笑いながら。
 タカが連日午前様で残業しているのを知って、私は悩んだ。手伝ってやると言いたかったが、元来私は口下手だ。悶々としながら帰宅したが、やはり悶々として眠れず、酒を食らって眠ろうと深夜のコンビニへ出掛けた。
 ――はずなのに、気付けば事務所の前に立っていた。
 事務所は灯りがついていた。
 午前一時半だというのに、タカはまだ働いていた。
 壁を殴りつけた拳と、普段見せないタカの辛そうな表情に、胸の奥を掴まれた。
 気付けば扉を開けていた。平然を装って話し掛け、軽口を叩き、珈琲を淹れた。
「五分休憩しろ」
 それが私に出来る精一杯だった。
 五分後、疲れ切った表情のタカがカップの中の漆黒を見つめながらポツリと呟いた。
「ありがとう、先輩」
 ドクン、と心臓が跳ねた。
「おかげで元気出ました」
 タカは顔を上げて微笑んだ。
 ……反則だ、その笑顔。
 余計に惚れてしまうではないか。
「当然だ。珈琲にたっぷり愛情を入れたからな。百万倍早く仕事が終わるぞ」
 軽口を重ねて、溢れそうな想いを誤魔化す。
「ついでに手伝って行きませんか? チナミ先輩が居れば百万倍早く終わるかも知れないし」
「ふむ。可愛い後輩の頼みを断るなど、私の矜恃に反するからな。手伝って行くとしよう」

 午前三時、女性の一人歩きは危険だと言い張って、タカは私を家まで送ってくれた。
 ……好きだ、ばか。
 柄にも無く、私はタカの後ろ姿に向かって無言で叫んでいた。