「……千、草」
私は不意に心がざわついて、思わず名前を呼んでしまう。別に話すことを見つけたわけでもないのに。
ただ、隣に私がいるのにそのことを何も意識していないで、難しい顔で考え事をしているような千草が、なんだかすごく嫌だった。
きっと、嫉妬。
あるいは、私を見て、って今はもう身の程知らずなわがまま。
言いたいことは何も言えないくせに、嫉妬だけは一丁前にして、名前は簡単に呼べてしまう。
千草が前から視線を動かして、私に顔を向ける。
見下ろすような目線と、消えた眉間のしわに、ほっとしつつ、心臓はどきりと音を立てて、忙しい。
「どうしたの」
衝動的に呼んでしまっただけで、どうしたの、って言われても、言うことを瞬時に思いつくこともできなくて。
「……呼んでみただけ」
かなり面倒なことを言っている自覚はあるけれど、事実だから仕方ない。
それで、結局千草の視線から逃れてうつむく始末だ。
面倒だな、って思われてる、きっと。
やっぱり仲直りしなきゃよかった、って思われてたら、嫌だ。
こんな時、広野みゆちゃんだったら、好きだよ、って言って笑っても許されるのに。



