私は動くこともできず、立ち尽くす。
千草がいなくなってから、そっと自分の頬に触れた。熱くて、胸に滑稽な甘さがじんわりと広がっていく。
千草の指の感触が、頰にはまだはっきりと残っていて。
まるで涙の軌道を上書きするみたいな触れかただった。
ーーひとりで泣くのは、だめだから。
なんて、
本当はひとつも興味なんてないくせに。
また、かき乱された。
後悔や罪悪感、背徳感のような灰色の汚い感情を、千草は無遠慮にかき乱して、ぜんぶ、好き、という甘美で残酷な感情のなかに溶け込ませる。
だけど、完璧じゃない。
仲直りはこんなに簡単にできないし、なによりお互いの気持ちが、少なくとも私の気持ちは、前と同じじゃない。
不純な気持ちで、仲直りしたの。
仲直りした“ふり”を、したの。
ーー 千草は広野みゆちゃんが好き
千草の言葉を受け入れたのは、千草の隣に少しでもいたい、って強く思ったからだ。
ただ、それだけ。
それだけでいいはずなんかないのに。
ーーー 千草は広野みゆちゃんが好き
呪いみたいな事実を頑張って心の中でとなえながら、熱の冷めない頬をひんやりと冷めた指先で弱く抓った。



