「明日の朝、迎えにいく」
思わず見惚れてしまった私に、千草は落ち着いた口調でそう言って、近づきすぎた距離を少しだけあけた。
私は、深く考えることもできずに頷いてしまう。
さっきから、千草の言ってることも千草の気持ちもまったく理解できない。
泣きじゃくって、内側で生まれた熱に侵されて、それで思考回路も完全におかしくなっているんだと思う。
ぼんやりと千草を見つめたままでいると、その手がまた私の顔に伸びてきて、今度は頰をすべらせるように撫でた。
「っ、!」
ぴくり、と肩が震えて、そのことに恥ずかしくなって、千草、とたどたどしくも名前を呼ぶ。でも、それにはひとつも答えてくれず。
千草は私の頬に涙が伝ったあとをなぞったあと、丁寧に目の淵の雫をすくいとってその指を口に含んだ。
「……しょっぱい」
背の高い千草が私を見下ろしてる体勢のくせに、少しだけ上目にうかがってそんなことを言ってきたことで、もう私は限界で。
「……ぅ、わぁ」
意味もない言葉が口から出る。
なんてことをするんだ。ひとの涙をなめるなんて、本当に、どうかしてる。それに、しょっぱいなんて、わざわざ言わなくていいのに。
「…青、泣かせてごめん」
「…………、」
「もう泣き止んだの、」
「う、ん」
「……ひとりで泣くのは、だめだから」
涙なんて千草の思いがけない行為であっさりと止まった。
だけど、その代わりに顔は火が出るくらい熱くて、きっと真っ赤だろう。
薄暗闇で視界が不明瞭なのが今はかなりありがたい。
千草は、何も返事をしない私の頭をくしゃりと一瞬なでたかと思ったら、「帰る」と無機質な声をおとして、自分の家に帰っていった。



