「私から、持って行った記憶が……あるんですよね」

「……ああ」


 祖父はスッと小さな箱を取り出し、蓋を開けて私に見せた。そこには箱いっぱいの粉の中に1粒の飴玉が入っていた。


「お前が彼と2人で、近所の子を助けた時の記憶だろう?」

「これ……」

「――大切な家族や友人たちと、違う時間を生きるという事がどんな事だかお前にはわかっているのか?」


 祖父の声は少し震えていた。もうこの飴玉をどうしたところで、祖父にはどうにもできないというのをわかった上で、私にそれをたずねる。


「――お前達が、俺と八重子(やえこ)のようにバケモノとただの人間であったなら」

「……おじいちゃん」


 箱を持つ大きな手に、私は自分の手を添える。


「お父さんも、お母さんも、友達も……みんな大切。でも、私……三栖斗と違う時間を生きるのも、多分無理」

「雛芽」

「おじいちゃん、私のーー私と私の好きな人との大切な思い出、食べて消すこともできたでしょうに……持っててくれたんですね。……返して、くれますか?」


 祖父は悲しそうに頷いた。私は箱の中の飴玉をそっと摘み、コロリと口の中へそれを入れる。

 飴玉の見た目に反してそれはピリリと舌を刺すような刺激があり、なんとも言えない複雑な味がした。けれど飴が溶け出すにつれてじわじわと私は記憶を取り戻していくのを実感し「噛んでも平気?」と訊いてからガリガリとそれを噛み砕いて飲み込んだ。


「いままでどこに隠れていたんです?」

「あちこちを転々としていたよ。――その中で、ははは……割と長い間八重子の……妻の家で匿ってもらっていたがね」

「ええ!? おばあちゃん家に!?」


 祖母の家は私の家と結構離れていて、年に1回遊びに行くかどうかだ。……確かにその日さえ私達家族から隠れていれば、見つからないかもしれない。


「雛芽の家族と一緒に関東へ引っ越すかという話になった時、俺がいつでも会いに行けるよう、一人で残ってくれていたのさ」

「……な、なるほど」

「シロガネさん、では」

「ああ、近々……来るつもりなんだろう?」

「はい」


 俺からも妻に話はしておこう。と祖父は頷く。


「雛芽、せっかくの修学旅行中に邪魔をして悪かったな」

「えっ? あ……そんな事」

「俺は行くが、また……近いうちに会おう」

「……はい」


 では、と三栖斗にも軽く挨拶をして、祖父は路地裏から出て行く。

 人ごみに紛れると、すぐにどれが祖父なのだかわからなくなった。