銀河が私と三栖斗をしばらく交互に見比べて、やれやれといったようにわざとらしくため息を吐いた。


「んじゃ、俺先に教室に行くわ。三栖斗とはスマホで連絡取り合えないんだから、こういう時間を使って修学旅行の散策の計画でも立てながらゆっくりして来たらいいよ」


 将棋セットを適当に棚の上に乗せ、鞄を背負ってツカツカと部室の扉の方へ歩いていく背中に思わず「ちょっと」と声をかけた。

 銀河は私にか三栖斗にかわからないウインクを飛ばし、そのまま部室を出て行く。

 残された私たちの間には気まずい沈黙が流れる……かと思いきや。


「ふふ、くっ……ふふ、ははは」


 笑いを堪え切れないといった声が聞こえたのでじっとりとした目線をそちらに向ける。彼は口元を押さえてこちらを目が合うと、また少し吹き出した。


「なんで君は変わらないんだ」

「何の話か分からないんだけど。聞く気もないし」


 相手を好きな事がバレてる中で誤魔化すのって相当苦しい。いつダウトと言われてもおかしくない状況に多少ビクビクしながら必死に逃げる言葉を探した。

 あれ? 私すごくカッコ悪くない? でもでもでも私はまだ心の準備が全然できてなくて……!

 心臓が早鐘を打つ。三栖斗の気配をすぐ傍に感じて、この音が聞こえてしまうんじゃないかと焦る。

 自覚するだけでどうしてこう私はわかりやすいんだ……!


「あまり近くに来ないで」

「ふむ、理由は?」

「ち、近くに来る必要を感じない、から」


 私の左耳を触れるか触れないかのところで、三栖斗の指が髪をかき上げて、うつむく私の表情を見ている。その手を、払いのける事が出来なくて私はただ下を向いているしかなかった。


「私が雛芽の近くに居たい」

「っ」


 中指が私の髪を耳にかけるようにそっと私の髪を撫で、手のひらが頬に触れる。今までそんな事しなかったのに、今はしても大丈夫だって、バレてる。


「ひ、卑怯……!」

「卑怯? 何を言っているのかわからないな」


 頬に手を添えられ、優しく正面を向かされる。目と目が合って、もう目線すら外せなくて……今私どんな顔してるの? きっと、真っ赤でとてもひどい顔をしてる。


「昨日は確信に近かったが、今はもう確信している。自覚していないのか?」

「……何を」


 胸が苦しい。この苦しさから逃げたい。


「また顔に書いてあるぞ。君の負けだという事だ」


 彼は私の目をまっすぐ見つめたまま、満足そうに笑った。


「さあ、降参宣言を」


 唇を噛んでこの悔しさを少しでも表現してやりたい。けれどそんな力も全部溶かされてしまって、わなわなと目の前の男を見つめ返すしかできなかった。


「…………う……ま、負けました」

「もう少し別の言い方が私は好みだ」

「……あなたが、好きです」

「私も、君が好きだ雛芽」


 更に顔が近づいたのを感じて、ギュッと目を閉じる。「いいのか?」と彼が最後に確認をして私がそれに小さく頷くと、ゆっくりと唇が触れた感触があり、甘いしびれのような幸福感が私を包んだ。