部室には三栖斗が座っていて、机の上には折り畳みの将棋盤が置かれていた。盤面は、勝負の途中で止まっているらしい。

 三栖斗の向かいに銀河がドカッと座り、盤面を確認して唸り始めた。


「おはよう」

「……おはよ」


 私は部室の扉の前に鞄を持って立ったまま、少し離れた所で2人が将棋をしているのを見ている。


「雛芽、昨日帰ってから何かあったか」

「……何かって?」


 さっきと同じ質問に、同じ返事をした。

 ふふ、と銀河が少し笑って、盤面を睨み真剣な表情に戻る。


「……心境の変化になるような事だ」


 目を閉じ、言葉を選びながら三栖斗は言う。


「もしかして、縁に変化でもあった?」

「察しがいいじゃないか」


 なるほど、今のこの状態は私があの夢の中で自分の気持ちを見つめ直した事で変化した後なんだ。


「さあ? 何か変な夢を見たような気がするけど、よく覚えてないし」


 嘘をついた。

 どう変わったの? と今までの私ならうっかり訊いてしまっていたかもしれない。

 それで私の心境の変化を開設されてしまっては


「ダメだ、詰み」


 銀河が頭をかきながら降参を宣言した。

 色々なパターンで数手先を読んだものの、どうやってももう王将が取られてしまうと判断したらしい。


 どうやっても、いずれは負ける時が来る。

 それがわかった時点で負けを認めるか、認めないのは――“まだ勝てると思っているから”か、それとも……。


「とにかく座るといい」

「……」


 鞄を置いて、パイプ椅子に座る。

 銀河がジャラジャラと駒を袋に入れて、盤の内側に平たくしてしまい込みパチンと閉じる。


「ねえ、私特に話す事はないんだけど」

「ふふ、まるで事情聴取のようだな。紅茶飲むか?」

「結構です」


 机に肘をついてリラックスしている様子が余裕そうでなんだか少し腹が立つ。

 私は私で冗談に笑顔で返せるほどの余裕があるのも、前とは違うなという所を感じてそのこと自体に少し笑ってしまう。


 さて、私の降参宣言はいつにしよう。

 お互いにもう盤面は最後まで読めていて、三栖斗の勝ちが見えてる。ただ、三栖斗は私が負けを悟った事を知らない。

 降参宣言を先延ばしにするメリットも特にないと言えばないけれど、私にもまだいろいろ心の準備がある。そう次へ次へと話を進められても多分頭がついて行かないと思う。