朝、目が覚めてぼーっとする頭で夢の中の出来事を思い出す。

 あんなに感情が激しく揺さぶられた事だけは覚えているのに、夢だと言うだけであの感情すらも夢だったんじゃないかという気さえしてくる。

 あれ? もしかしてあの時見えた赤の縁も夢だったんじゃないかな。そう思って見えないとわかっていながらも、私は自分の手首をじっと見つめてみた。


「うわ」


 そこには夢の中で見た、もはや美しいとすら思う赤いリボンがしっかりと結ばれていた。


「なんで、見えるの……?」


 じっと見つめていても答えはわからない。

 ひとつため息を吐いて、洗面所へ行き顔を洗う。鏡に映る自分の姿が妖怪なのか人間なのか、よくわからない。でもどっちにしたってそこにいるのはただの“橘雛芽”だ。


「……ちょっと今日は早めに学校へ行こうかな」


 支度をして、マンションの廊下に出る。少し天気が怪しく、一旦玄関に戻って雨合羽を鞄の中に突っ込んだ。







 この時間に登校する生徒は少なかった。
 朝練には遅く、朝のホームルームに間に合わせるだけなら時間が余る。

 駐輪場もまだまだガラガラで、クラスの決められたスペースに自分の自転車を停めて昇降口へ向かう。


「おっはよ」


 下駄箱に片手をついて、銀河が立っていた。


「おはよう……? どうしたのこんな所で」

「雛芽こそこんな時間からどうしたの? ウチの部は朝練もないはずだけど?」


 昇降口から見える時計で時間を確認する。ホームルームまでは30分程あった。


「別に……早く起きたから、雨も降ってきそうだったし早く来ただけだよ」

「あ、用事はないんだね。ならちょうど良かった。部室に来てくんない? アイツが会いたがってたよ」

「え……なんの用で?」


 銀河が目を細めて意地悪っぽく笑う。


「雛芽、昨日帰ってから朝起きるまでの間に何かあった?」

「……何かって?」


 何を思って言っているのか少し察しはついたけど、あえてとぼける。私は、今“見えている”事をまだこの人達に知られたくない。


「ま、いいや。俺の口から言うような事でもないし。多分三栖斗も同じ事を訊いてくると思うよ」


 そう言って先に部室に向かって歩き出した。