祖父がどうやら妖怪らしいという事。

 私の記憶を抜き取ったのも、祖父の可能性があるという事。

 どちらにせよ、祖父は私を妖怪にはしたくないんだろうという事。


 すれ違う生徒に私の話を聞いている人なんていない。

 だから三栖斗の姿にだけ気を付けながら、それらを話した。


「つまり……雛ちゃんのおじいさんは、味方って事?」

「味方……。どうなんだろう。私が生まれた時にはもうとっくに居なかったし、会った事もないからどんな人かわからなくて……でも、うん。そっか、味方。……そう、なるよね」


 はっきりしない私の様子に、弘則はきょとんとしてこちらを見ている。


「雛ちゃん」

「え?」


 弘則は周囲をチラリと確認して、声のボリュームを下げた。


「もしかして、前ほど……佐古先輩との結婚、嫌じゃない?」

「なっ」


 なんでそうなるの!? という私の大声が廊下に響き、弘則は周囲を気にしながら「しーっ! しーっ!」と人差し指を立てて私をなだめる。


「そんな気がしただけだよっ。……あのね雛ちゃん、あのね……」


 あのねと言いながら、弘則の勢いはしぼんでいく。目線がどんどん下がり、悲しそうな顔を私に見せる。

 どうしてそんな顔してるの?


「前も言ったけど、俺は雛ちゃんに人間のままでいてほしい。……だから、佐古先輩と結婚、してほしくない」

「うん、わかってるって」

「このままで、姉弟みたいな関係で十分だから。同じ時間を生きて同じように大人になっていきたい」


 でも……と弘則は一度深呼吸をする。


「雛ちゃんの幸せがそうじゃないなら、それは……雛ちゃんが決めないと」

「弘則まで何言ってるの……」

「俺、拗ねて言ってるわけじゃないんだ。それだけはわかって。少し冷静に雛ちゃんの事を見られるようになって“弟”として思うんだ」


 今度はゆっくりと、弘則の目線が上がり、その力強い視線が私の目線とぶつかる。

 怒っているわけでも、拗ねているわけでもない。私に「逃げるな」とうったえる目だ。


「雛ちゃんはきっと」

「違う」

「雛ちゃんが自覚してるよりも割と、佐古先輩の事……好きなんだと思う」


 違うって言ってるのにどうして先を言うの。私たちはいつの間にか立ち止まって、互いを見つめあっていた。

 それは決してロマンチックなものなんかじゃなく、互いに雪解けを待つかのような、ひんやりとしたものを感じる時間だった。