……正直、演技とはいえ「あなた! あなた!」と叫びながら三栖斗に駆け寄っていくシーンはめちゃくちゃ恥ずかしかった。

 実はそこで三栖斗が笑ってしまって、そこだけ1回NGが出ている。

 机やソファーを元の位置に戻し、校長先生にお礼を言ってからぞろぞろと教室へ戻っていく。その途中で、口周りのケチャップをティッシュで拭きながら歩く三栖斗の隣に行き「なに笑ってたのよ、さっき」と肘で突いた。


「ん、いや。迫真の演技だったじゃないか」

「迫真の演技でなーんで笑いますかね」

「もう勘弁してくれないか」


 困ったように笑って顔を逸らす。

 私の演技におかしいところがあったなら恥ずかしいじゃない……!

 じーっと睨むと、ちらりとこちらを向いてまた「勘弁してくれ」と吹き出す。けれど観念したように大きく息を吐いて、耳を貸せとジェスチャーする。

 歩みを止めて耳を傾けると、手を添え耳元で彼がささやく。


「君に夫という意味で“あなた”と呼ばれて、つい頬が緩んでしまった」

「は?」

「子供みたいだろう」


 間近で目が合う。少し頬を赤く染めて照れていた。


「ば……馬鹿じゃないの」

「私もそう思う」


 なにそれ。そう思ってプッと吹き出してしまった。


「今まで色々大胆発言してきたあなたが今更なに言ってんの」

「また言った。わざとか?」

「今のは違うでしょ!」

「おーい2人ともー。置いてくよー」


 犯人役の女子に廊下の先から呼ばれ、話をぶった切ってみんなの所へ逃げる。

 三栖斗の出番は終わりだけど、私の出番もあと少しなので今日はそこまでやりきってしまう。

 校長室で「私は自分の部屋に立て籠らせてもらうわ」と宣言するシーンを撮ったので、その後自室で血を流して倒れているところだ。

 その後、部屋の中での短い捜査パートを撮影して今日は終わりになる。


 渡り廊下に出たメンバーが「うわ、また霧だ」とぼやく。あまり前が見えないまま、それでも部活棟へ進んでいく。


「中まで真っ白じゃん。なんで窓全開なの?」

「夏だからでしょ」

「ていうか夏なのにこんな濃い霧って」


 たっぷり道に迷って、誰かが「このドアだった気がする」と声をあげる。

 隣で三栖斗が頷き、失礼しまーすと挨拶しながら撮影チーム達はぞろぞろとその狭い部屋に入っていった。