「雛ちゃん、どうしたの?」

「こんばんは、おばさん」


 弘則の家の人は私の事を揃って“雛ちゃん”と呼ぶ。

 弘則の影響なのか、それともおばさん達の影響で弘則がそう呼んでいるのか……私もよくわからない。でも割と気に入っている。


「今日、熱っぽくて部活休んでたから……大丈夫かなって心配になって。よかったらこれ」


 そう言ってプリンを渡す。

 両親がそれぞれプリンを買って帰って来た時の事を話すと、おばさんも笑って「じゃあ遠慮なくいただきます」と受け取ってくれた。


「弘則、微熱だったんだけど、咳も出てないし喉も痛くないみたいだし。悪くなる前に直しちゃいなって言ってご飯食べさせて部屋で休ませてるの。学校休みたくないから早く治すって。そんなに学校が好きって幸せな事よねぇ」

「あ、今日は楽しみにしてたゲームを部活でやる予定だったから……」

「ああそれでかぁ」


 じゃあ私は失礼します。と帰ろうとした時、奥の部屋の扉が開いて弘則が顔を出した。


「あれ……? 雛ちゃん……?」


 その顔は寝起きといった感じで、頭にはいつもの寝ぐせがついている。


「プリンもらったのよ」

「え?」

「あ、うん。ウチじゃ食べきれなくてさ。体調はどう?」

「ありがとう……ちょっとだるいけど、大丈夫。早く治して部活行くね」


 うん。お大事に。

 私が一歩後ろに下がると、弘則がサンダルを履いて見送りに出てきた。


「ダメだよ。寝てなきゃ」

「ここまでだから、すぐ家に入るから」


 玄関から一歩だけ外に出て、玄関のドアを開けっぱなしにして手を振る。

 弘則のためにも早く帰らなきゃ。私も手を振りながら後ろへ下がる。


「雛ちゃん。ありがとう」


 弘則がふにゃ、と嬉しそうに微笑んだ。


「みんな、待ってるからね。おやすみ」

「ありがとう、おやすみ」


 今度こそ、背中を向けて振り返らずに少し早歩きで帰る。

 弘則の家の方から玄関の扉が閉まる音を確認し、私も家に入った。