「ごめん、お待たせ」

「ううん」


 弘則は自転車にまたがって、校門のあたりでスマホをいじって待っていた。

 私も自分の自転車を取りに行って、ゆっくりと校門へ向かう。私が校門まで戻った時には、弘則は自転車を降りていたので私も手で押していくことにした。


「……」

「……」


 少しだけお互い沈黙して、先に切り出したのは弘則だった。


「びっくりさせて、ごめんね雛ちゃん」

「ううん、謝らないで。いやその……びっくりは、したけどさ」


 弘則は並んで歩く私の顔を見てから、視線を前かごに入った体操着袋に落とし、静かに言った。


「中学の頃から、雛ちゃんの事が好きだった」

「……」


 私も弘則の方は見られずに、前を向いて自転車を押す。

 弘則の言葉を自分の中で繰り返した。


「私さ」

「うん」

「弘則の事は、だ……好きだよ。でも、そういう好きじゃない、の」

「うん。わかってる」


 ははは、と弘則は苦笑する。

 一呼吸おいて弘則の顔を真っ直ぐ見ると、視線に気づいた弘則が目線だけをこちらに向けた。

 進行方向の信号が赤に変わり、交差点で止まり……私たちはしばらく見つめあう。


「……これからも、それは変わらない?」


 そんなの、わからないよ。でも、それを口に出すのは――大丈夫なのかともう一人の自分の声がする。

 どこに、どれだけ、私に見えていない何かがいるのか……私はわからない。


「……答えられないよね、そんなこと。ごめん」


 弘則はそう言って謝るが、おそらく思っている事とは理由が違う。


「でも、今まで通り……仲良くしてくれたら嬉しい」

「それは……! 私も、そう思ってるよ……」

「本当? ありがとう」


 いつも通りの笑顔に戻った弘則に、見えない壁のようなものを感じる。

 私は――……


「弘則、聞いて」


 三栖斗に聞いた話を、彼に伝える事にした。







 エレベーターに乗り込み、5階のボタンを押す。

 2人だけのエレベーターの中、弘則は階数のランプを見上げたまま呟くような小さな声で、だけど力強く言った。


「お互い、ちょっと調子狂うかもしれないけどさ」

「……」

「俺、そんなのに負けないよ」


 ポーンと音が鳴って、ドアが開く。

 廊下に出ると弘則が私の右手を包み込むように両手で握り、私はわかりやすくうろたえてしまう。


「雛ちゃんはこれまで通りでいい。俺が、自分で変わらなきゃ」

「でも弘則……」

「だってそれくらいじゃなきゃ、縁の繋がりなんて多分変えられないよ。だから、雛ちゃんは……いつも通りのままで“また遊ぼ”?」


 ……少し悩んでから、頷いた。だって、それはいつも通りのこと。

 手を放した弘則は「じゃあね! おやすみー!」といつもよりだいぶ明るい声で自分の部屋の方へ行ってしまった。


「……」


 しばらくそのまま彼の消えた方を見送るように見つめたまま立ち尽くしていたけれど、いつまでもここに立っていたってしょうがないからとひとり言を言って、私もぼんやりしたような足取りで部屋へ帰った。