隣まで歩いていき、顔を覗き込むと……目を閉じて眠っている。

 こうしていると無害そうなのに。


「積極的じゃないか雛芽」


 ぱちっと間近で彼が目を開き、不敵に微笑む。

 つい悲鳴をあげてしまった。


「ん……もうこんな時間か」

「なっ……なななっ、なんっ」


 マイペースに腕を上げて背伸びをする。それから、ふうと息をつくと、立ち上がって椅子を片付けながら勝手に話し始めた。


「3時くらいからある男に会いに行くためにここで眠っていたんだが、少し寝過ごしてしまった」

「ある男……? って、それ……この部屋の七不思議と何か関係ある?」

「ん? ああ。ここで眠る者に夢を見せている張本人だ。君もここで眠ってみれば会えるだろう」

「遠慮します。だって、夢から覚めるのが大変なんでしょ?」

「人間はわざわざ娯楽で脱出ゲームをするじゃないか。難易度はなかなかだぞ」

「やっぱそういうのじゃん!」


 ははは、と三栖斗が笑う。


「いや、なに。昨日の小城 優希(ゆうき)だったか。彼女と奴の間に繋がりに似た何かが見えた気がしてな。確かめに行っていたんだ」

「え? 小城さん?」

「早い話が、新入生にしてこの旧図書室における脱出ゲームの常連で、脱出最短記録保持者らしい」

「ええ!?」


 どういう事!?


「弁当を食べた後に眠くなって静かに眠れそうなここへ来たんだろうな。そして久々の来客にヤツが挑戦状を叩きつけた。真夜中くらいまで寝かせてやるつもりが、昼休みの間に目を覚まして教室へ戻っていったらしい」


 その後、しばらくして再びある日の昼休みに旧図書室へ現れた彼女。

 ムキになったヤツは仕掛けを変えて、彼女を夢の世界に閉じ込める。でもまたあっさり抜け出されてしまう。

 法則を覚えた彼女はまたここにやって来る。ヤツはまた仕掛けの難易度を上げて彼女を迎える。けれど彼女はヒョイヒョイとそれらをクリアしてしまう。


「一方的に人間をからかうだけだったヤツが、ガラにもなく焦りを見せながら謎を練り上げていたよ。互いに言葉を交わしたわけではないだろうに、それでも深いところで絆のようなものができようとしているんだな」

「……友達、みたいなものなのかな」


 夢に長時間拘束したいだけなら移動させる距離を伸ばすとか謎を増やすとか、そういう仕掛けにすればいい。

 けれどそれをせずに、最短で昼休み中に解けるように作っているのは、また次も勝負したいから。

 一方的な攻めで殴るような真似はしないし、彼女もそのさじ加減を理解して全力で挑む。


「そうだな。その夢の謎を作っている誰かがいると小城が気づいたら、碧色あたりの縁が結ばれる日が来るのもそう遠くない気はする。たとえお互い話したこともなく、名前も顔も知らなくたってな」







 その日の昼休み、私はこっそりと部活棟へ行き旧図書室を覗き見た。

 そこには窓際の陽が当たる席で眠る小城さんがいて、遠目だったけどなんだか楽しそうに笑っているように見えた。