「……というわけで私たちは見事再開を果たしたわけだが、肝心の雛芽は私の事を覚えていなかったと。そういうわけだ」


 一応、弘則クンの赤い縁に関しては黙っておいてあげた。

 雛芽の記憶がないせいか細くなってしまってはいるが、まだしっかりと私と彼女の縁は繋がっている。


「その話をそのまま信じるなら、あんたは私たちの命の恩人……ってことになるの?」

「そ、そうだね雛ちゃん……そうなるね」


 雛芽は真面目な顔で眉間に皺を寄せている。一方弘則クンは若干落ち込んでいる様子だ。そうそう、君のそういうところを見るのも楽しいんだよな。


「でも私は納得いかない! そんな衝撃的な出来事を覚えてないなんておかしいよ」

「佐古先輩は、雛ちゃんの記憶は封じてないんですよね?」

「うん。雛芽の記憶は弄っていない。むしろ私はあの日の出来事を覚えていてもらいたい立場なんだけどな」


 だから雛芽と再会した時、彼女の反応が薄すぎたのに違和感を覚え「会ったことはあるか」と確認した。

 そうそう忘れられるような出来事ではないと思うんだが、事実覚えていなかった。


「なにか……別の力が働いていると考えるのが自然か」

「ね、ねえ。さっきの話を聞いてて思ったんだけど、あなた別に私の事が好きでけっ……結婚しようなんて言ってるわけじゃないんでしょ? 体質? に興味があるだけで」


 さっきまで「あんた」と呼んでいたのが一応「あなた」に変わっているのが少しおかしくて笑ってしまう。気まずそうに雛芽は続けた。


「で、目的通り赤の縁の力? で再会もしたわけでしょ? あとは私の体質についてわかればもう満足じゃないの? ……つまり、結婚する必要はないんじゃない?」

「ふむ……いや、却下する」

「なんでっ!?」


 椎茸の煮物を口に放り込み、きっちり30回噛む。

 全く食べていないことを思い出したのか、弘則クンもサンドイッチを一口で口の中に詰め込んだ。


「私は今、この学校に自分の部屋を持っている」

「……うん、知ってる」

「つまり、去年雛芽が入学してきた時から昨日顔を合わせるまでの1年間、君は私のことを知らなくても私は君のことを覚えていた。あそこからは中庭も見える。君のこともよく見かけたし、声をかけようと思えばすぐかけられたんだ。自分の中の決め事によって声をかけなかっただけで」

「決め事?」


 弘則クンをちらりと見る。縁の力はどうしようもならないが、それ以外の面では君とフェアにやり合いたいと思っている。

 ……君が私を押し退け、赤の縁を繋ぎたいのなら、ね。


「ちょっとしたハンデのつもりだったんだ」

「? なんの?」

「気にしなくていい。とにかく、私にはあの部屋から学校生活を送る君が見えていた。……それで思ったんだ。君となら、永い時を共に生きるのも楽しそうだ、と」

「佐古先輩……それって」


 弘則クンの動揺が声に表れる。

 それって……ともう一度言って、その先を口にするかどうしようか迷った後、彼は意を決したように私の目をまっすぐ見つめた。


「雛ちゃんのこと、好きだって……事ですか」

「……」


 ふむ、と私は顎に指をあてて考える。

 恋愛感情は経験したことがない。果たしてさっき言ったような感情はそれにあてはまるのか……。

 ……そう言われてみれば、何千年という時間を共に過ごしたいと思う女性なのだ。そうか、これが恋愛感情か。


「ありがとう弘則クン。自分を見直すいい機会になった」

「え?」

「その通り。私は雛芽の事が好きなんだ」


 いつから聞いていたのやら。後ろからキャーッと数人の女子生徒の悲鳴が聞こえた。