私が唯の伴奏者を務めるようになったのはちょうど1年前、大学1年の夏からだ。
唯がヴァイオリンの実技試験で伴奏を頼んでいた子が当日に風邪で来れなくなっていた所にちょうど私が居合わせて、急遽私が引き受けることになったのだ。
それまでは唯のことをたまに見かけるヴァイオリン科のエリートとしか認識していなかったが、その時の演奏を聴いて一発で彼女の音楽の虜になった。
それからは演奏会でもコンクールでも、唯の隣でピアノを弾くのは私の役割となった。
自分の才能の限界を感じたのもそれと同じ時期だった。
地方の音高から同級生や先生たちの期待を背負って入ったこの大学。
周りの学生たちは皆プロを目指して自分の音楽を磨いている。
唯に限らず、トップの学生たちは演奏家としての自分を持っている。
自分の音楽を表現し、聴き手をうならせる。
そんなことが自分にできるのか。
楽譜に忠実に、教えられ通りに演奏してきた私にとって、自分の音楽を聴き手に伝えるというのは無理難題のように感じていた。
個別指導の先生によると、「聴き応えがない」そうだ。
このままではピアニストなんて夢のまた夢。
がむしゃらに練習しても、さっぱり糸口は見えてこなかった。
ただ、唯のとなりで演奏しているときだけは必要とされている気がして、唯が褒められると私も褒められたみたいで嬉しいし、唯が必要とされれば私も必要とされる。
そうやって、”唯の伴奏者”というポジションに縋り付いてピアノを弾いているうちに、私は一人で舞台に立つのが怖くなった。