━━不思議だった…。

急に幽霊が現れたのに、二人はそれほど怖くはなかった…。

勿論、見た瞬間は絶句したが、それ以上の恐怖感はなかった。

「ど、どうしよう…。」
まなみは、なつきを見た。

「私、空手やってたけど…。」
なつきは少し間を置いて、
「幽霊は相手にした事ないな…。」
と苦笑した。

そして、その幽霊達は、皆、若い感じがした。

15歳前後くらいの少年の幽霊達だった。

「あの…。」
幽霊のうちの一人が、二人に近付いて来た。

「?」
「?」
なつきとまなみは、顔を見合わせた。

━━まさか、幽霊から話し掛けられるとは、思ってもいなかったからだ。

「は、はい…。」
なつきは返事をした。

「私の名前は、伊東悌次郎(いとう・ていじろう)と申します。」
と、その幽霊は言った。

幽霊から礼儀正しく挨拶をされたので、二人は拍子抜けしていた。

「私の名前は、松平…なつき…です。」
と、なつきは答えた。

「!?」
その、伊藤と名乗った幽霊だけでなく、
他の幽霊達も、驚いたような顔をした。

「ま、松平様!」
と、幽霊達は、一斉に膝まづいた。

「え?」
なつきは目を丸くした。

「我々の主君の名前が、松平様なのです。」
と、悌次郎は答えた。

「しゅ、主君?」
と、まなみが訊いた。

「はい、我々は…。」
悌次郎は少し間を置いて、
「会津藩白虎士中二番隊(あいづはんびゃっこしちゅうにばんたい)である。」
と答えた。

「ま、まさか…。」
なつきは驚きを隠せず、
「びゃ、白虎隊!?」
と目を丸くした。

「え、あの?」
と、まなみも驚いている。

━━会津藩白虎士中二番隊…。
会津戦争に際して会津藩が組織した、16歳前後の武家の男子によって構成された部隊で、飯盛山(いいもりやま)で、自刃(じじん)した事でも有名である。
ちなみに自刃とは、自ら命を絶つ事である。

「あなた達は、我々を知っておられるのか?」
別の幽霊が二人を見て、
「私は石山虎之助(いしやま・とらのすけ)と申します。」
と言った。

「え、えぇ、有名な方達なので…。」
と、まなみは答えた。

「失礼ですが、あなたのお名前は?」
と、虎之助が訊いた。

「私は…佐川…まなみ…です。」
と、まなみは答えた。

「さ、佐川様!」
再び、幽霊達が膝まづいた。

「こ、今度は何?」
と、まなみが訊いた。

「会津藩の家老(かろう)の名前が、佐川様なのです。」
と、虎之助が答えた。

「!?」
「!?」
なつきとまなみは、顔を見合わせた。

どうやら二人の苗字は、彼ら白虎隊にとって関係が深いようである。

「あ?」
まなみは何かに気付いたように、
「確か…。」
と言った。

「どうしたの?」
なつきは、まなみを見た。

「このアパート名…。」
と、まなみが言った。

「アパート名?」
と、なつきが訊いた。

「《Tigre blanco》…。」
まなみはなつきを見て、
「スペイン語で《ホワイトタイガー》だ。」
と言った。

「ホワイトタイガー…。」
なつきは少し間を置いて、
「白虎…。」
と呟くように言った。

━━どうやら、この部屋には、白虎隊の幽霊が棲みついているようだ…。