初恋エモ


葉山さんはクノさんの要望に忠実だ。考えてきたドラムを直されても、不満を言わずに従っている。


本当は自分でもこう叩きたいという希望があるんじゃないかな。

ドラム経験も豊富だし。

本当は不満を持っていたらどうしよう。


不安になり、練習後に葉山さんに聞いてみた。

自分の思い通りに叩けなくても、大丈夫なんですか? と。


葉山さんはけろっとした表情で答えた。


「だって『透明ガール』はクノくんが軸じゃん」と。


無駄な自己主張をするよりも、作曲者の意向を汲み取る。

バンドのことを考えると、それが一番いいやり方なんじゃないかな。

そう彼は続けた。


なんて大人な考え方なんだ。すごいなぁ。


「でも、スクリーミンズの活動もあるのに、透明ガールもやるの大変じゃないですか? クノさんスパルタですし……」


葉山さんはタバコの煙を吐き出し、ぷっと笑う。


「あはは、それは全然大丈夫。俺はクノくんが作る曲が単純に好きだし、あと、スクリーミンズの方がもっと激しいから」


「えっ!? そうなんですか!?」


葉山さんの言葉にお茶を吹き出しそうになる。
 

聞くと、スクリーミンズのボーカルはクノさん以上に厳しい方らしく、今まで何人もメンバーが脱退しているんだって。

ライブで少しでもミスをするとガチキレするらしい。ひぃぃ。


「そんな中で続けているの、本当すごいです……」と伝えると、彼はこう言って笑った。


「俺にはドラムしかないから。今さら就職とか考えられないし」


まわりの友達は結婚したり、就職したり。

いくらやんちゃしていても、20歳を過ぎると次第に落ち着いていくという。


葉山さんは高校中退のフリーター。


普段はニコニコ穏やかにしているけれど、普通の大人になることへの諦めと、音楽で成功してやるという野心が、彼を支えているのかもしれない。


次のタバコに火をつける葉山さんを見て、そんなことを思った。