「着替えたいです~」

「うるせー、もう遅れてるんだよ」


試合後の余韻もなく、私はジャージのまま学校を出て自転車をこいでいる。

クノさんの家に寄って楽器を持った後、駅へ。


「あのぅ、一体どういうことなんでしょうか」


ギターを背負ったクノさんにそう尋ねても、「行けば分かるから」としか言ってくれない。


楽器を背負っているため、お互い立ったまま。

電車に揺られていると、いろんな想いが頭をめぐっていく。


穂波さんに怒られたこと、ミハラさんに飲み物をおごってもらったこと。

クノさんがホームランを打ったこと、そして今楽器を持ってどこかへ向かっていること。


ただ――


電車は陸橋に差し掛かり、普段近くを通っている川を渡っていた。

ドア近くでスマホをいじっているクノさんに、オレンジ色の光が当たっている。


「あの、ありがとうございました」


お礼を伝え、ぺこりと頭を下げた。


「いいえ」

「ホームラン打ったの、すごくかっこよかったです」


彼に素直な気持ちを伝え、恐る恐る顔を上げる。

クノさんはふっと鼻で笑いながら、得意げな顔を私に向けた。


「へー。素直じゃん」


照れくさいんだか、恥ずかしいんだか、よく分からない気持ち。

そして、今から何が起きるのかわくわくした気持ち。


「かっこいいは否定しないんですね」


今の感情を悟られたくなくて、憎まれ口を叩いたものの。

「だってそれ本音でしょ?」と返され、何も言えなくなった。

なんか悔しい。


「でもすごいですね、ブランクあるのにあんな飛ばすなんて」

「野球やってた時のこと、思い出したから」


電車は目的地に着いたらしい。

クノさんは私にこう伝えてから、扉の外へ向かった。


「打つも投げるも、絶対できるって信じれば意外とできるってこと」