「…………」
何も答えないでいると、「ちっ」と舌打ちが聞こえた。
――俺には言えよ。
前に夜の川原でそう言われたことを思い出す。
でもこれはクノさんに言うべきことじゃない。私の問題だ。
三人目のバッターは、空振り三振でアウトになった。
「すみません、試合戻ります」
「代打」
「え」
「って叫べよ」
混乱しているうちにクノさんはフェンスを飛び越えてきた。
すぐさま私からヘルメットを奪う。
「ちょっと待って、大丈夫なんですか?」
「俺をなめんなよ。小学の頃は野球とソフトかけもちしてたし」
「じゃなくて、バレますって」
「あ? じゃマスクつけとく」
確かに。ヘルメットとマスクを装着すれば、顔は分からないかも。
いやいや! クノさんに頼ってしまっては申し訳ない。
しかも野球には苦い思い出があるみたいだし、それに近い競技をさせてはいけないような気がする。
胸が騒いだが、すでにクノさんはバッターボックスへ足を進めていた。
誰? という声がクラスメイト達から発せられる。
慌てて「代打でーす!」と叫んだ。
先端をホームベースに当ててから、クノさんはバットを構えた。
これはたかが球技大会の決勝。なのに、一瞬で空気がぴりっとした。
相手のピッチャーはビビったのか、浮いた球を投げる。
危なく当たるかと思ったが、クノさんは上半身を逸らしてよけた。
ほっとしたのもつかの間。
「おいコラてめぇ! 殺す気か!」
クノさんはバットを放り投げ、ピッチャーの方へ詰め寄っていた。
「穏便にお願いします~!」と叫び、慌てて止めに行くハメに。
気を取り直して、試合再開。
ピッチャーがボールを投げると、この場にいる全員が息を飲んだ。
「打って!」
両手を合わせて祈る。
クノさんなら打ってくれる。
根拠はないが、絶対に大丈夫だと思った。
「っしゃ!」
すぐに、キーン! と今日一番の金属音が響いた。

