彼は、それをきっかけに野球を辞めて、フラフラしてたら家も追い出されて、叔父さんに拾ってもらい今に至る、というようなことを続けて話した。


「…………」


だから、実家じゃなくてあのガレージの2階に住んでいるんだ。

彼の事情がつらすぎて心が痛んだけれど、話してくれたのは嬉しかった。


「音楽は、どうして始めたんですか?」


そう尋ねると、彼はちらりと私を見てから、下を向いた。


「あの部屋、CD超あるじゃん。叔父さんのなんだけど。いろいろ聴いてたらハマって、バイトしてギター買って、遊びでバンドやって、自分で曲作って……って感じ。
辛い時に音楽に救われた分、俺も本気でやりたいとは思ってる。でも……」


クノさんは言葉を止めた。

強い風が吹き、暗闇の中で砂埃が巻き上がる。


私は、ごくりと唾を飲みこんでから、問いかけた。


「……怖いんですか?」と。


彼は「まーね」と言って、軽く笑った。

悲しい笑顔が、痛かった。


「負けが決まって泣いた先輩とか、復讐したなって褒めたチームメイトとか、家から俺を追い出した親とか。時々頭の中で言ってくるんだよ。
お前には無理だ、また同じような結果になるって」


殴られて、はじかれて、たくさん辛い思いをしたんだ。

本当はバンドをやりたいのに、嫌な記憶に邪魔されているんだ。


――私は絶対クノさんを裏切ったりしない。


伝えたいことが、喉に込み上げてくる。

でも言ったところで、きっとクノさんには響かない。


ベースの技術的にまだまだだし、過ごした時間もまだわずかだし。