クノさんは口調は怖いけれど、きっと本音を私にぶつけてくれる。

本気で音楽をやりたいなら、私も本気で彼と向き合わなきゃいけないんだ。


クノさんの前では、私は私自身でいていいんだ。


「じゃあ……」


あふれ出さないように、顔を左右に揺らしてから。

震えた声で彼に訴えた。


「もっとクノさんのこと教えてください」と。


なぜあの歌詞を書いたのか、私にはまだ分からない。

彼のことを知れば、もっと曲を良いものにすることができるはず。


クノさんは私と目を合わせ、ふっと軽く笑った。


「野球、すげー頑張ってたんだけどなぁ。俺には向いてなかったわ~」


彼はそう言って、寂しげな表情で星空を見上げた。

さっきよりも暗い藍色に光が増えているような気がした。


「俺の家、クソだりぃの。医者とか官僚とか、そういうエリート系。兄貴は東大行ってる」


「え、そうなんですか?」


「まあ俺は頭悪いし親にとっては"出来損ない"だから。でも野球だけは好きでアホみたいに練習した。そしたら、そこそこ親も協力してくれて。気づいたら先輩追い越して、中学でもずっとエースナンバー背負って」


クノさんの後ろには真っ暗な景色が広がっている。


普段はわいわい練習する少年たちがいる場所なのに。

今は悲しい想いが渦を巻いているよう。


「でも、それが先輩方には面白くなかったんだろうね。親の力でエースになったとか、態度悪いだとか、監督にいくら払ったのか、とか。くだらねー言いがかりつけて、しょっちゅう殴ってくるの。殴り返しても、数には勝てねーから、更に殴られて」


――頬に貼りつく湿った土 口の中は鉄の味
汚い笑い声に踏みつぶされ 自分の弱さを呪った


クノさんの経験と曲の歌詞がリンクする。

今、彼は淡々と話してはいるけれど、苦しみに捕らわれたままなのかもしれない。


「で、中二の時の県大の決勝。9回裏、同点でツーアウト、バッター二・三塁。今思い出しても笑けてくるんだけど、嫌いな先輩たちが祈るような目で見てくんの。死ねとか言ってさんざん殴ったくせに、俺のこと超応援してくんの」


「…………」


「腹立ったから、俺、わざとキャッチャーがぎりぎり届かないとこ狙って投げた」


吹き付ける風のせいだろうか。彼の声が震えて聞こえた。


「結果、劇的なサヨナラ負け。まじザマーミロって感じ。大好きだった野球で復讐してやったわ」


クノさんは下を向いたまま。

川から吹き付けてくる風が、彼の髪の毛を揺らしていた。