「お前はなんで音楽好きになったの」


クノさんはホームベースの土をスニーカーで払った。


「うち貧乏ですし、母も厳しいし、弟はまだ小さいし、いろいろ大変なんですけど。寝る前にいろんなバンドの動画をあさるのが楽しみで、その時だけは嫌なこと忘れられる感じがして。……って喋りすぎですね、すみません」

「や、俺が聞いたんだから普通に話せよ」

「あ、すみません」


バッターボックス後方の円の中にいる私。

知らなかったけれど、ここはネクストバッターサークルというらしい。


「お前、言いたいこと言えない性格してんじゃん。そのせいで友達っぽい人にもいいように使われてるし。それ、家族にもじゃねーの?」


「え……」


声にならない声が、暗闇に溶けていく。


代わってあげた委員会の当番。家族のために消えたバイト代。

面白くないのに笑って、クソみたいに愛想振りまいて。

言えない本音は、いつもどこかに消えていく。


毎日少しずつ自分がいなくなっていくみたい。


でも、やっと見つけた。

本当にやりたいこと。一緒にやりたい人。


「まあ、他のヤツにはどーでもいいけど……」


クノさんは横目で私を見つめてくる。

その鋭い視線に目を逸らしそうになったけれど。


「俺には言えよ、何でも」


低くつぶやかれた言葉に、心が震えた。