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「……い、……おい」
んー。いいベースのフレーズ浮かびそうだったのに。
何だっけ? ラストのサビ前はギターと合わせて音を切って。
「ちっ」
いて。お尻に衝撃が。あれ。誰かに蹴られた? 誰? 真緒はもう小学生になったし、今は別々に寝てるよ?
「いい加減、起きろよ」
「……んん?」
ゆっくりまぶたを開く。
蛍光灯の光に目がくらみそうになったが、影に包まれているおかげでダメージは少ない。
「あれっ!? クノさん?」
視界には私を見下ろすクノさんの姿。
パーカー姿で、背中には黒いギターケースを背負っている。
「……それ直して」
「はっ!」
めんどくさそうに目で合図され、自分の太ももが露わになっているのに気がついた。
慌ててスカートの乱れを整える。うう、恥ずかしい。
「こんな時間までいて大丈夫なの? 家は?」
「あ、大丈夫です。母と真緒は今日おばあちゃんの家行ってるので」
クノさんはそう、と言って、背負っていたギターをおろした。
スマホを見ると、23時半だった。
せっかくの自由な夜。
みっちり練習したかったけれど、途中で寝てしまったらしい。
最悪だ。なんてもったいない時間の使い方をしてしまったんだ。
「それよりも! 新しい曲、あれどう解釈すればいいんでしょう? 聴けば聴くほどいろんな想いがわーっと湧き出てきて、頭がまとまらなくて。ベースはもうすぐできそうなんですが……。あ、そうだ! 一回合わせませんか?」
「…………」
寝てしまった分を取り返すように、クノさんにつめよる私。
彼の表情は変わらない。すっと視線だけ外されてしまう。
どうしよう、困らせちゃったかな。
「あ、突然すみません。もう寝ますよね? そろそろ帰ります。布団勝手に借りてすみません」
「今日、まだ帰んなくていいんでしょ」
「あ、はい……」
クノさんは私から離れ、ドアへと向かって行った。
「指休ませた方がいいから」
「え」
手の内側を見ると、左手の指先に赤い豆ができていた。
「ちょっと散歩する。ついてきて」
外へ出たクノさんを追いかける。
指がここまでなっていることに気がつかなかった自分に驚きながら。

