「あ……」


『いる』の札がかけられたドア越しに聞こえてきたのは、ギターの音と彼の歌声だった。

歌詞は聞き取れないけれど、この音楽を聴いたのは初めて。


どことなく懐かしいような、どことなく寂し気な。

きゅっと心が締め付けられる。


クノさんは知らないうちに新しい曲を次々生み出している。

私は、一体何をしているんだろう。


ドアを開けると、音楽が止まった。


「おせーよ」


彼は私に背中を向けたまま。低い声を私にぶつけてきた。


「すみません」


靴を脱ぎ、ベースの元へ向かう。

さっきの曲について聞きたかったけれど、そんな空気ではなかった。


「曲合わせる。クリック音出して」

「はい」


メトロノームのアプリを起動し、スマホからピッ、ピッ、ピッ、と一定のテンポの音を出す。


合わせたのは、通しで弾けるようになった有名バンドの曲。


やっぱりクノさんはギターが上手い。

鳴らした全ての弦から綺麗な音が飛び出してくる。


対する私は、左手が上手く動かせず、弦の音がなかなか響かない。


次は左手どの位置だっけ。

どうしよう、さっき音外した。

また間違うんじゃないか。

やっぱり間違えた。


これじゃ、クノさんの音を邪魔しているだけだ。