心臓がバクバクと激しい。

恋愛とかそういうんじゃなくて、ガチビビりの鼓動だ。


私、家に連れ込まれた女子に本当になっちゃうの?

いや、そんなつもりないし! どうしよう!


彼の左手が伸びてくる。頬に手が添えられる。

びくりと体が震えたけれど。


――あ。


触れられたおかげで、自分自身を保つことができた。

彼の指先から、がさりとした感触がしたから。


ゆっくり彼の左手首を掴み、自分の目の前へと移動させた。

クノさんは首をかしげ、私の様子を見つめている。


その指先は私のよりも厚みを持っていて、ところどころ固そうな皮がめくれていた。


「指……こんな……るんですね」


――指がこんなになるまで、ギター弾いてるんですね。


ぼそりと、思ったことをそのまま口にしてしまった。

喉が震えて、上手く言葉にできなかったけれど。


恐る恐る顔をあげた。はっと緊張感に包まれた。


クノさんが不機嫌な表情になっていたから。


「あ。なんでもないです、すみません……」

「いいから思ったこと言えよ」

「いえ。すみません」

「前もそうだったじゃん。お前、えっと、とか、あの、ばかりしか言わねーじゃん。イライラすんだよ、そういうの」


冷たい口調で言い放たれた言葉に、喉の奥がつんと痛くなる。

彼は私から距離を取り、刺すような目で私をにらんでいた。


泣かないよう、ぐっと唾を飲みこみこらえた。


ここで負けちゃだめだ。伝えなきゃ。


意を決して口を開いた。


「DM送った"透明ガール"ってアカウント、私です」


クノさんは無表情のまま。

だけど、少しだけ瞳が揺れたのが分かった。


「私は、クノさんの音楽が好きです」

「…………」

「バンドやってるクノさんをまた見たいです」


本心を伝えた瞬間、涙がぽろりとあふれ出した。

慌てて制服の袖でぬぐい、すみません、と謝り、小走りで部屋を出た。


「……そんな真面目に言うなよ」


ドアを閉める直前、クノさんの声が聞こえた気がした。