『いる』『いない』札はもうなかった。

ガンガンガン、と強く扉を叩くと、足音がしてドアが開いた。


「うお、お前か。びっくりした」


驚いた様子のクノさんが出てきた。


「クノさん……うぅ……、ひっく」


さっき家族に向けて感情を爆発させた反動か、クノさんを見た瞬間、涙があふれてきた。


「ちょ何? ま、入れよ」


腕を引かれ、彼の家に入る。


部屋の中には、ギターやパソコン、そして積まれた段ボール。

叔父さんのCD棚は、ところどころ抜けている部分が目立っている。


ここから出ていく準備は着々と進んでいるらしい。


「私……っ、もうダメです、っく……限界です!」


嗚咽がひどくて、上手く言葉を発せられない。

クノさんは呆れた顔になりながらも、「どーした」と優しい声を発した。


「クノさん、私も東京に連れてってください!」


私の大声が、物が減り広くなったその部屋に響き渡った。


その残響音が消えた頃。

はぁ、とため息が聞こえ、冷たい声が降ってきた。


「連れてってって……お前、学校はどーすんの?」

「辞めます!」

「家は?」

「出ます! めちゃくちゃバイトしますんで、ここから脱出させてください!」


息切れをしながら、そう伝えると、クノさんはうねった髪の毛をもしゃもしゃいじり出した。


「あのさ、自分が言ってること分かってる?」


いくら伝えても、受け入れてもらえない。

悔しい。どうして?


「なんでですか? 私じゃダメですか? やっぱり私のベースじゃ満足できないんですか?」


ベース、という言葉を発し、さらに涙が出た。

だって、2年間触り続けたあのベースは……。


「やっぱ無理です! ベースが、もうないんです! 母が勝手に売っちゃって。バンド辞めたんでしょ? って言われて、部屋に行ったらもうなくて」


きっと鼻は赤くて、目もぱんぱんに腫れているはず。

こんな姿見られたくないけれど、必死に彼の目を見て訴えた。


支離滅裂な言葉を吐く私。

対するクノさんは至って冷静。表情を変えずに「あー、そういうことね」とつぶやく。