私はクノさんの音楽が好きだ。そして、透明ガールも好きだ。

脱退なんて嫌だし、もっとクノさんの音楽を盛り上げたい。


殴られることよりも、バンドを失う方が怖かった。

ただそれだけだ。


クノさんは私の目をまっすぐ見すえて、口を開いた。


「それ……自分のためじゃねーよ」

「え」

「バンドのためじゃん」


すっとクノさんの左手が私に伸ばされる。


「お前がいるから『透明ガール』なんだよ、俺ら」


頬に手が当てられ、唇の絆創膏が軽くなぞられた。

何度も何度もギターの弦を押さえ、固くなった彼の指先は、思ったより優しかった。


「……はい」


あたたかな感触が頬に刻まれ、心地よい鼓動が体に鳴り響く。


クノさんは私をバンドメンバーとして認めてくれていた。

そのことが嬉しかった。


がたん、と電車が揺れ、クノさんは手をぱっと離した。


クノさんって、普段クールぶってるくせに本当は感情的だよな。


怒ったり、自信満々だったり、落ち込んだり、たまに優しかったり。

ジェットコースターみたい。

だから彼の歌には、人の心を動かす力があるのかもしれない。


再び窓の外を眺めるクノさんを見て、そんなことを思った。


しかし、彼に伝えなければいけないことが、もうひとつあった。


「あと、思ったんですけど……」


伝えると怒られるかもと思い、一瞬口をつぐんだが。


「何だよ。言えよ」


逆に横目でにらまれたため、言うことにした。


「私たちが、あのバンドマンを納得させられるライブができていたら、あんなことにならなかったはずです。
単純に、私たちの実力不足じゃないでしょうか」


STARFISHのお客さんだらけの中でやったライブ。

調子は悪くなかったのに、そのお客さんたちを飲みこむことができなかった。

悪態バンドマンさんの心も動かすこともできなかった。


結果、私たちへの評価はイキった高校生。


クノさんはいじけた表情になり、つぶやいた。


「……わかってるよ、うっせーな」