「え? お楽しみ会?」

 朝の学活で、お楽しみ会なんていう聞き慣れないイベントを、リホちゃんが提案してきた。あたしが思わず訊き返したら、リホちゃんは丁寧に説明してくれた。

「学期の終わりに、いつも、やりよると。一学期は大変やったけん、する暇なかったけど。教室ば飾りつけして、出し物とか、レクリエーションとか、すると。ね、タカハシ先生、よかやろ? 授業の最後の日、三時間目と四時間目ば使って、お楽しみ会ばしよう!」

 二学期の終業式が十二月二十四日。で、授業最後の日は二十二日だ。評価はとっくに終わってる時期だし、二学期のカリキュラムもまぁ二十日までに収まりそうだし。

「いいよ。お楽しみ会、やろっか」

 わーい! と五人しかいない四年生たちは、五人ぶん以上の大きな歓声をあげた。ほんっと、この子たち、元気だ。子どもは風の子っていうけど、体感温度、どうなってんだろ? あたし、冬は苦手で、最近は子どもたちのテンションについていけてない。

 だってね、この島が南から来る暖流の影響下にあるといってもね、緯度はそれなりに高いんです。南の島じゃないんです。たまにみぞれがちらついたりする。要は、冬はちゃんと寒いってこと。

 暖房はもちろんストーブすらない教室は、めちゃくちゃ寒い。古い窓が隙間風でガタピシ鳴りまくってて、ますますじわじわ冷える。

 冷え性のあたしは、両足の指がしもやけでパンパンに腫れまくってる。こんだけ冷えてると、肩こりも重症化してくるし。でも「クーポン使ってごほうびエステでマッサージ♪」なんてできるはずないし。ほんとにもう……。

 いや、愚痴はやめよう。頑張ろう。うん。

「それで、お楽しみ会って? もっとちゃんと言うと、どういうことやるの? 準備の時間とか、必要なのかな?」

 あたしが子どもたちに投げかけたときだった。教室の出入口の引き戸が、コンコンとノックされた。あたしが応えるより早く、ガラッと開かれる引き戸。生意気で野生児な表情の、顔立ちだけいうと美少年。六年生のユウマくんだ。うちのクラスのショウマくんのおにいちゃん。

「タカハシ先生、ちょっと、よか? お楽しみ会のことで、話があると」
「え、なになに? 高学年クラスでも、お楽しみ会、やるの?」
「今、その話ばしよったと。せっかくやけん、一緒にやらん?」

 やらん? っていうか、あたしがOK出すとしか思ってない顔だよね、これは。ユウマ&ショウマ兄弟、家で打ち合わせしてきてたに違いない。こいつらの悪ガキ然とした悪巧み顔、かわいいんだよねー。って感じる余裕が、最近出てきた。

「そうね。せっかくだから人数が多いほうが楽しそうだよね」
「よっしゃ! 決まりやな!」
「二十二日の三・四時間目になるのかな? マツモト先生は、その日で大丈夫って言ってた?」

 ユウマくんがニヤニヤした。

「タカハシ先生、何ば言いよると? マツモト先生のことなら、おれに訊く必要なかろ? だって、二人はカップルやもんな~」

 生意気ユウマのセリフに乗っかって、リホちゃんとショウマくんがひゅーひゅー騒いだ。

 あー、もうっ、何よ何よ! そりゃ、マツモト先生の出張日程くらいは頭に入れてるけど! でも、授業の進行状況とか、いちいち聞いてないし! あたしはあたしの授業のことでいっぱいいっぱいなの! 五・六年生の複式クラスを受け持ってるマツモト先生の複雑な授業の話、聞いてもわかんないの!

 まあ、別に大丈夫なんだろうけどね。マツモト先生、いつも早め早めにちゃんとしてるし。高学年には、本気で頭いい子たちが揃ってるし。

 お楽しみ会の具体的なスケジュールは、その場でサクサク決まった。ユウマくんとショウマくんとリホちゃんが、勝手に話を進めてくれたのでした。あたしは黒板の隅っこに、決定事項をメモしただけ。

 日時は十二月二十二日の三・四時間目。場所はマツモト先生の高学年クラス。準備は、二時間目の後ろ半分を使って飾りつけをする。出し物は、それぞれ好きなようにグループを作って、それぞれ集まれるときに練習をする。

 マツモト先生とあたしは、出し物は免除。その代わり、ちょっと騒ぐことになるから、ほかの先生たちに許可をもらってくるのが役目。出し物の後にするレクリエーションは、校庭に出てケードロ。

「ってことで、お楽しみ会、楽しみにしとるけん!」

 ユウマくんは、ちょいっと右手を挙げて、颯爽と帰って行った。全校児童三十人のミニマム小学校。相変わらず、いろいろ自由だよね。しかも話の展開が速い。ガキ大将が号令したら、三学年合同イベントの要項が完成しちゃうんだから。



 さて、師走は教師が走る季節です。いや、比喩表現だけど。学期末の評定に追われまくって、必死で走り抜ける感じ。エクセルさんの平均偏差の使い方を覚えようと四苦八苦しながら、どうにかこうにか突破して。あっという間に、お楽しみ会の日程が目の前だった。

「明日ですねー、お楽しみ会」

 職員室で、隣の席のマツモト先生に話を振ってみた。

 マツモト先生との共通の話題は、たくさんあるとも言えるし、ほとんどないとも言える。学校のこととか、子どもたちのこととか、それを話題にするなら、いくらでも話が続くわけなんだけど、それ、職場の先輩後輩の会話でしかないよね。一応カップルである、という認識の下、ちゃんと話そうとすると、かえって話題がなくなってしまう。

 というわけで、学校の話をするのでした。

 マツモト先生は、もそもそ言った。

「出し物免除は、助かりましたね。評価ば出さんばいかんこの時期は、ざまん忙しかけん。ユウマは、そげんところ、けっこう気の利くとですよ。いろいろわかってくれとる」
「お弁当も一緒に食べる感じですよね。でも、クリスマス会じゃないんですね。あたし思い出したんですけど、小学校のころ、公民館のイベントでクリスマス会があってました」
「クリスマスはキリスト教のイベントやけん、学校では出来んですよ」
「はい? 確かにキリストさんの誕生日ですけど?」

 マツモト先生は、たまたま開いてた六年生の社会の教科書を、ぱらぱらめくった。日本史なんだよね、六年生の社会。マツモト先生は、江戸時代の文化のページを、あたしに見せた。隠れキリシタンとか踏み絵とか書いてあるページだった。同じページにある九州の地図には、我らが離島が名前付きで掲載されてる。

「この島は、キリスト教が日本一きちんと根付いとります。例えば、ユウマとショウマもカトリックですよ。クリスマスの意味合いも、あいつらにとっては軽々しくなか。家族でまじめにミサば聞きに行く日です。そぃけん、いろいろ配慮せんばけん、学校ではクリスマスは出来ん」
「なるほど……」

 ふむふむと、あたしはうなずいた。なんとなくだけど、察した。宗教対立とまでは言えないにしても、何かあるのかもしれない。島内には、教会もお寺も神社もあって、地区によって宗教がキッパリ分かれてる。教会とお寺と神社で、それぞれイベントやお祭りがあるとき、島内の交流はない。

 だから、お楽しみ会って名称なんだ。教室の飾りも、きっと、赤と緑と金と銀とかじゃないんだ。

「実は難しいんですね、島の事情って」
「落ち延びてきたり、隠れ住んだり、流されてきたり、海外から居着いたり。家系図ば遡《さかのぼ》れば、先祖はバラバラたい」

 隠れキリシタンだけじゃなくて、平家とか海賊とか。マツモト先生は、島に伝わるご先祖さまたちの物語を教えてくれた。声のトーンが授業中モードになってて、すっごく聞きやすかった。説明、うまいし。

 ふむふむなるほど、っていうのを繰り返し続けた日だった。あたし、日本史の勉強し直そうかな。



 お楽しみ会当日は、海風が強くて、どんより曇ってて、本気でかなり寒かった。横殴りのみぞれが降ってた。外に出てケードロは、さすがにありえなくて、体育館でドッジボールに変更した。

 子どもたちの出し物、ステキだった。気付いたんだけど、この子たち、自分たちが楽しむより相手を楽しませることを最初に考えてる。島の人の気質なのかな? ホスピタリティっていうか、おもてなしっていうか。

 そうじゃなきゃ生きてこれなかったのかなって思う。現代でさえ、この不便さなんだもん。昔はもっと過酷だったはず。分け合って支え合ってきたんだろうな。

 んで、もう一つ、気付いた。歌をね、披露してくれてる子どもたちがね。

「ちょーっと質問いいかな?」
「タカハシ先生、何?」
「さっきからウェディングソングばっかりな気がするんだけど?」
「ぴんぽーん!」
「ぴ、ぴんぽんって……」
「予行練習たい」
「何の?」
「先生たちの結婚式、うちらも呼んでくれるやろ?」

 ひゅーひゅーと、飛び交う冷やかしの声。この子たちは……。

 子どもたちがあんまり騒ぎすぎるから、マツモト先生が冷静に怒鳴った。

「せからしか! 一年生から三年生は授業中ぞ!」
「マツモト先生、照れとるー」

 いや、それはないと思うよ、ユウマくん。