白雪姫に極甘な毒リンゴを


 まさか桃ちゃんが、
 中学の時にヤンキーだったなんて。

 
 しかも、番長さんをしていたなんて、
 全く想像してなかったよ。


 そりゃたまに、鷹が獲物を狙う時みたいに、
 鋭い眼差しで
 相手をにらみつけている時もあったけど。


 でも良かった。


 桃ちゃんに謝れたし、誤解も解けた。


 月曜日から、また笑って一緒にいられる。


 さっきまで、バスケ部ファンの子たちが
 わんさかいた客席も、
 バスケ部員さんたちの後を追うように、
 みんな体育館から出て行って、
 気づいたら私だけ。


 でも、寂しくなんて1ミリも感じない。


 だって桃ちゃんとの距離が、
 今まで以上に近くなったことが嬉しいから。


 私はカバンの中から
 ノートとシャープペンを取り出すと、
 鼻歌を歌いながら、
 桃ちゃんと私のイラストを描いた。


 桃ちゃんに、ムササビ六花が
 笑顔で抱き着く絵にしようっと。

 
 ルンルン気分でペンを走らせていたとき。


「その絵、六花と百目さん?」


「ひゃ!!」


 いきなり後ろから声が聞こえてきて、
 私はとっさに、
 絵を描いたノートを抱きしめて隠した。


 そしてゆっくり顔をあげると、
 そこにはジャージ姿の紫音くんが、
 優しく微笑んでいた。


 こんな、落書きみたいな絵を見られて
 恥ずかしいよ~


 しかも、桃ちゃんに
 頭なでなでされたいっていう、
 私の願望丸出しの絵だったから。


「六花、待たせちゃってごめんね」


「全然、全然、待ってないよ」


「全速力で片付けして、さあ帰ろって思ったら、
 バスケ部の先輩に泣きつかれちゃって。

 好きな子が観客席にいたけど、
 ほかの奴を応援してたって
 ショック受けててさ、
 なんかかわいそうになっちゃって」


 紫音くんって、
 1匹狼タイプなのかと思っていたけど、
 今日のバスケの試合を見て違うってわかった。


 バスケ部の仲間のことを気遣って、
 心を軽くするような
 声をかけたりしていたから。
 

「紫音くんはその先輩に、
 どんな言葉をかけてあげたの?」


「え……と……

 それは……」


 ん?


 答えるのが恥ずかしいくらい、
 キザなことを言ったのかな?


 紫音くんは手のひらで
 真っ赤になった顔を隠すと、
 うつむきながらボソリと言った。


「『俺の好きな子は……
 バスケしてる俺の存在を忘れて、
 友達としゃべってました』って」


「そうだったんだね。
 紫音くんの好きな子、
 応援に来てくれていたんだね」


「……六花さ、どんだけ鈍いの?」


「へ?」


 私が鈍い?


 確かに、桃ちゃんには
 『天然記念物』って言われたことがあるけど


「あ~!! もう!!

 俺が、気づけ!気づけ!光線を発しても、
 六花には効果なしってことだよな。

 そんなこと、とっくにわかっていたけどさ、
 こういう時くらい、
 気づいてくれてもよくない?」


 独り言のような紫音くんの言葉。


 気づくって何をだろう。


「あ! 初めて会った時に言っていたよね。

 家のワンちゃんが、
 紫音くんの気持ちをわからないって」


「なんで今、俺の家の犬が出てくんだよ。

 そのことは俺、
 その場で否定したと思うけど」


 そうだったかな?


 あの時は、
 七星くんがクルミちゃんを好きって
 メッセージカードに書いてあって、
 落ち込んでいたから、記憶があやふやだ。

 
 
「俺があの時に悲しかったのは、
 俺の家の犬に冷たくされたからでも、
 姉貴にパシリにされたからでもない。

 好きな子が、
 俺の存在すら知らなかったから」


「そうだったんだ」


「なに、
 私は関係ないみたいな顔してんだよ。

 六花のことだからな。
 好きな子って」


 ん?


 私のことが……


 好き?


 しかも、
 初めて教室で話しかけてくれた時には、
 もう好きでいてくれたってこと?


「えぇぇぇぇぇぇ???」



 そ……そんなはず……

 あるわけないよ。


 
 私なんて、かわいくなんて全然ないし……