「瑞稀、今日も忙しいの?」


散々俺をこねくり回して気がすんだのか、ベッドでグッタリしてる俺を尻目に、マコが軽く立ち上がった。


「まあね。ああ、そうだ。今日の予定、殆どパーティーなんだし、マコも行く?
マコの知り合い結構来ると思うけど。従兄弟の徹とか。」

「おおっ!徹!会いたいかも!」

「でしょ?マコが居なくなって超凹んでたよ徹。暫くの間。
それに、そろそろ父さん達にも連絡した方が良くない?」

「ん~…」と伸びをするとベッドに座っている俺に笑顔を向ける。


「瑞稀、もう少しだけ待って!」

「もう少しってさ…。」

「俺さ、もう一度だけ出て行こうと思ってて。それにほら、先々の事を考えると今はまだ、『俺が帰ってくるタイミングじゃない』と思わない?」

「…は?」


コンコン


「おはようございます。着替のお手伝いに参りました。」

「あっ!咲月ちゃん、ちょうど良かった!俺、そろそろまた旅に出るから、荷造り手伝って!」

「ちょ、ちょっと待てって…。」


慌てて、立ち上がってマコの肩を掴んだら、頭にポンってマコの掌がのっかった。


「今回はさ、瑞稀にどうしても会いたくなっちゃって帰って来ただけだから。でも…次回はきちんと帰って来るから。もう少しだけ待ってて?」


さっき俺の話を聞いてた時と一緒。マコの大きな瞳は俺を捉えて綺麗に揺れている。


無駄…かな、これは。
多分、説得しても出ていく。


…“あの時”と同じ。

誰よりも俺の居場所であるはずのマコは、離れて行く。


思わず少し俯いた。


…けれど。


「咲月ちゃんにフラレた俺に癒す時間を!」

「ふ、フる?!」


「何の事ですか?!」と涙目で俺に助けを求める咲月に自然と笑いが込み上げてきた。

…咲月、マコに無意識に全部話していたんだ。


思考が咲月の方へ動いたら気持ちがふわっと何かに包まれて柔らかくなっていく。


「マコ、とっととお好きに行ってらっしゃい。」

「あっ!厄介払いしたな!おりゃっ!」

「おわっ!絡むなよ!」


マコの長い腕が俺を再び捕獲したら、耳元に微かにふれたその唇。


「瑞稀、大切にするんだよ?」


それから俺の頭をぐしゃっと撫でた掌は離れ、部屋のドアがパタン…と音を立てた。


「バカ兄貴…」


ドアに向かって、思わず溜息をついた。


「あ、あの…瑞稀様。」


途端、咲月が心配そうに覗き込んだ。


「ああ、ごめん。着替えようか。」


ジャケットを脱いだけど、それを受けずに前へと回って来る咲月。

そっとその掌が俺の頬を包む。鼻をくすぐったのはいつかあげたハンドクリームの香り。


「…瑞稀様。私は真人様の代わりにはなれるような存在ではありませんが。
ずっと…その…瑞稀様のお側に…か、傍らに居たいと思っております。」


咲月のまっすぐで真剣な眼差しが俺の寂しさを優しく包み込んでまた少し気持ちが柔らかくなる感覚を覚えた。


ああ…そうか…。

『バカ』は俺だ。


頬を覆ってる咲月の掌を上から自分ので包み込む。


「…当然だろ。俺がお前を手放すと思ってんの?」


微笑んでみせたら瞳が揺れて、頬が赤く染まる咲月にどうしようもなく気持ちが高ぶって、目頭が熱くなる。


「は、はは、はい…あの…よ、よろしくおね、おね…んんっ」


その腰を抱き寄せ、唇を塞いだ。


マコ、ありがとう。
恐らく、こういう事態が起こらなければ、マコに捕われ過ぎていた俺は、全く気が付く事が出来なかった。
『俺自身』をきちんと見てくれている存在達をずっと見逃してきた、自分の愚かさについて。


多分、言葉で言われたって分からなかった事。マコがこうやって動いてくれて初めて分かった事。

ずっと…分かっていたんだ、マコは。

だから、敢えて俺から離れていった。


「咲月、俺、ちょっと仮眠とるから、一緒に寝てくれる?」

「え?!あの…仕事の最中ですので…」

「…傍らに居たいって言ったくせに。」

「そ、それは…その…メイドとしてではなく、私自身としてお願いしたいので…。」


耳まで赤くして呟く様に、でもはっきりとそう言ってくれる咲月を堪らず腕ん中に閉じ込めた。


『大切にしなよ?』


…大切にする。
俺自身を『大切だ』と思ってくれている人達を。


「…じゃあさ、今日は帰れないけど、明日の夜は一晩遅いクリスマスって事で朝まで一緒に居てくれる?」

「…はい。」


それぞれの人に合った形で…ね。